Appleの共同創業者であるスティーブ・ジョブズが残した言葉の中でも、ひときわ有名で、多くの人々の心に深く刻まれているのが「Stay hungry, Stay foolish」というフレーズです。2005年、スタンフォード大学の卒業式で行われた伝説的なスピーチの最後に語られたこの言葉は、単なる英語のフレーズを超え、一つの生き方の哲学として世界中に広まりました。
しかし、この言葉の本当の意味を深く理解している人は意外と少ないかもしれません。「ハングリーであれ、愚か者であれ」という直訳だけでは、ジョブズが伝えたかったメッセージの核心に触れることは難しいでしょう。なぜ彼は、輝かしい未来へと旅立つ卒業生たちに、このような一見すると矛盾しているかのような言葉を贈ったのでしょうか。
この記事では、「Stay hungry, Stay foolish」という言葉が持つ真の意味を、その由来や背景、そして伝説のスピーチ全体の内容を紐解きながら、徹底的に解説します。スピーチで語られた3つの物語、ジョブズ自身の波乱に満ちた生涯、そして彼の哲学が凝縮された他の名言にも触れていきます。
この記事を読み終える頃には、あなたは以下の点を深く理解できるようになるでしょう。
- 「Stay hungry, Stay foolish」の直訳以上の深い意味
- この言葉が生まれた背景と、ジョブズが引用した元ネタ
- 伝説のスタンフォード大学スピーチの全文(原文と和訳)とその核心
- スピーチから読み解くジョブズの人生哲学
- ジョブズの言葉を自身の人生やキャリアに活かすためのヒント
この言葉は、起業家やクリエイターだけでなく、現状に満足せず、より良い自分を目指すすべての人々にとって、強力な羅針盤となります。さあ、スティーブ・ジョブズが遺した、時代を超えて輝き続けるメッセージの深淵へと一緒に旅を始めましょう。
目次
Stay hungry, Stay foolishの意味
スティーブ・ジョブズの言葉としてあまりにも有名な「Stay hungry, Stay foolish」。このフレーズは、彼の生き方や哲学を象徴するものとして、今なお多くの人々に影響を与え続けています。しかし、その短い言葉の中に込められた意味は非常に深く、単なる直訳だけでは本質を捉えることはできません。ここでは、この言葉の表面的な意味から、ジョブズが本当に伝えたかった核心的なメッセージまでを掘り下げて解説します。
直訳は「ハングリーであれ、愚か者であれ」
まず、言葉をそのまま日本語に訳すと「ハングリーであれ、愚か者であれ」となります。あるいは「渇望し続けろ、愚かであり続けろ」と訳すこともできます。この直訳だけを見ると、少し奇妙に感じるかもしれません。「ハングリー」は空腹を、「フーリッシュ」は馬鹿げていることを意味するからです。なぜ、成功を収めた偉大な経営者が、未来ある若者たちにこのような言葉を贈ったのでしょうか。その真意を理解するためには、それぞれの単語が持つニュアンスを深く読み解く必要があります。
「Stay hungry」が意味するもの
ここでの「hungry」は、単なる物理的な空腹を指しているのではありません。これは比喩的な表現であり、知識や経験、成長に対する尽きることのない「渇望」や「探求心」を意味します。現状に満足し、安住してしまった瞬間に、人の成長は止まってしまいます。成功を手にしたり、ある程度の地位を築いたりすると、人は保守的になりがちです。しかし、ジョブズは「それで終わりではない」と語りかけます。
- 現状維持への警鐘: 常に「もっと何かできるはずだ」「まだ知らないことがあるはずだ」という知的な飢餓感を持ち続けることの重要性を示唆しています。
- 学び続ける姿勢: 自分がすでに多くのことを知っていると思い込まず、常に初心者のように学び、新しいスキルや知識を吸収し続ける姿勢を促します。
- 高みを目指す野心: 今いる場所がゴールではなく、常に次の目標、より高いレベルを目指し続ける野心や向上心を持つことを奨励しています。
つまり、「Stay hungry」とは、決して満足することなく、常に自分自身を向上させ、新しい挑戦を求め続ける貪欲な姿勢を指しているのです。
「Stay foolish」が意味するもの
一方、「foolish」もまた、単に「愚か」や「馬鹿」という意味ではありません。ここでジョブズが伝えたかったのは、常識や既成概念、他人の評価といったものにとらわれない「自由な精神」や「勇気」です。社会の中で生きていると、私たちは無意識のうちに「こうあるべきだ」「これは常識だ」といった枠組みに思考を縛られてしまいます。周りから「そんなことは不可能だ」「馬鹿げている」と笑われることを恐れて、大胆なアイデアや挑戦を諦めてしまうことも少なくありません。
- 常識への挑戦: 専門家や権威が「不可能」と断じることでも、自分の直感や信念を信じて突き進む勇気を指します。
- 他人の評価からの解放: 周囲の意見や批判に惑わされず、自分が正しいと信じる道を恐れずに歩むことの重要性を示します。
- 初心者の視点: 物事を「知ったかぶり」せず、常に素人のように「なぜ?」「どうして?」と問い続ける純粋な好奇心を意味します。知っていると思い込むことは、新しい発見の機会を奪います。
したがって、「Stay foolish」とは、分別くさくならず、周りの目を気にせず、時には「愚か者」と見られるリスクを冒してでも、自分の心の声に従って大胆に行動し続ける姿勢を意味しているのです。
ジョブズが本当に伝えたかったメッセージ
「Stay hungry」と「Stay foolish」。この二つの言葉は、互いに補完し合いながら、一つの強力なメッセージを形成しています。それは、「現状に満足せず、常に高みを目指し続けなさい。そして、常識や他人の評価に縛られず、自分の信じる道を突き進みなさい」という、革新と創造を続けるための生き方の指針です。
ジョブズ自身の人生が、まさにこの言葉を体現していました。彼は大学を中退し、ガレージで会社を興し、一度は自分が作った会社から追放されながらも、再び復帰して世界を変える製品を次々と生み出しました。彼のキャリアは、常に「もっと良いものを」と渇望し(Stay hungry)、誰もが不可能だと思ったことに「なぜできないんだ?」と挑み続けた(Stay foolish)結果でした。
このメッセージは、以下のような具体的な行動哲学に分解できます。
- 満足しない心: 成功体験に安住せず、常に次の挑戦を探す。完成したと思った製品でも、さらに改善できる点はないかを探し続ける。
- 学び続ける探求心: 自分の専門分野以外の知識にも積極的に触れる。ジョブズが大学中退後に受けたカリグラフィの授業が、後にMacの美しいフォントに繋がったように、一見無関係な学びが未来のイノベーションの種となります。
- 直感を信じる勇気: データや論理だけでは測れない「直感」や「信念」を大切にする。周りが全員反対しても、自分のビジョンが正しいと信じるなら、その道を進む勇気を持つ。
- 失敗を恐れない大胆さ: 「愚か」に見える挑戦は、失敗のリスクを伴います。しかし、失敗は終わりではなく、学びの機会であると捉え、挑戦そのものを称賛する文化を育むことの重要性。
よくある質問:この言葉は、無計画に行動することを勧めているのですか?
いいえ、そうではありません。「Stay foolish」は、無謀や無計画を推奨するものではありません。ジョブズは、徹底的なリサーチと深い洞察に基づいた上で、最終的な決断を自らの直感に委ねることがありました。ここでの「foolish」は、熟考の末にたどり着いた、常識の枠を超える「確信的な非常識」と解釈するのが適切でしょう。それは、周到な準備と揺るぎないビジョンに裏打ちされた、計算されたリスクテイクなのです。
まとめると、「Stay hungry, Stay foolish」とは、内なる渇望と探求心を持ち続け、外からの常識や雑音に惑わされずに自分の信じる道を歩み続けるという、創造的で挑戦的な人生を送るための普遍的なマントラ(真言)なのです。それは、卒業生だけでなく、変化の激しい時代を生きる私たちすべてにとって、心に留めておくべき重要な指針と言えるでしょう。
Stay hungry, Stay foolishの由来
多くの人がスティーブ・ジョブズのオリジナルな言葉だと思っている「Stay hungry, Stay foolish」ですが、実はそのルーツは別にあります。ジョブズ自身がスタンフォード大学のスピーチの中で明かしているように、この言葉は彼が若い頃に多大な影響を受けた一冊の雑誌から引用されたものです。この言葉が持つ深い意味を理解するためには、その文化的背景と、ジョブズがなぜこの言葉に強く惹かれ、自らの哲学として生涯大切にし続けたのかを知ることが不可欠です。
元ネタは雑誌『全地球カタログ』
この印象的なフレーズの元ネタは、スチュアート・ブランドという人物が1968年に創刊した『The Whole Earth Catalog(全地球カタログ)』です。この雑誌は、単なる商品カタログではありませんでした。1960年代後半から70年代にかけてのアメリカ西海岸で花開いたカウンターカルチャー(対抗文化)の象徴であり、ヒッピー・ムーブメントのバイブル的存在とされていました。
『The Whole Earth Catalog』とはどのような雑誌だったのか?
『The Whole Earth Catalog』は、「access to tools(ツールへのアクセス)」というシンプルなコンセプトを掲げていました。ここで言う「ツール」とは、トンカチやノコギリといった物理的な道具だけではありません。書籍、地図、専門機器、そしてそれらを使いこなすための知識やアイデアなど、個人が自らの手で学び、創造し、生活を築き上げていくために役立つあらゆるものが含まれていました。
その内容は、エコロジー、自給自足、建築、サイエンス、クラフト、コミュニティ作りなど、非常に多岐にわたっていました。このカタログが目指したのは、読者が既存の社会システムや巨大な権威に頼ることなく、自分自身の力で考え、学び、実践する(DIY – Do It Yourself)ことを可能にすることでした。それは、ベトナム戦争や既成の価値観への反発が渦巻いていた時代において、新しい生き方を模索する若者たちの心を強く捉えました。
ジョブズはこのカタログについて、スピーチの中で次のように語っています。
「それはGoogleが登場する35年前の、いわば紙のGoogleでした。理想主義的で、素晴らしいツールや偉大な思想が溢れていました。」
「Stay hungry, Stay foolish」の登場
『The Whole Earth Catalog』は数年にわたって何度か発行されましたが、1974年に最終号を発行してその役目を終えます。ジョブズが引用した「Stay hungry, Stay foolish」という言葉は、まさにその最終号の裏表紙に、早朝の田舎道の写真とともに掲載されていた別れのメッセージでした。
創刊者のスチュアート・ブランドは、この言葉に「これで終わりではない、旅は続くのだ」というメッセージを込めたのです。カタログという「ツール」の提供は終わるけれど、読者一人ひとりが、これからもカタログが体現してきた精神、つまり常に新しい知識を渇望し(Stay hungry)、常識にとらわれずに自分の道を切り拓いていく(Stay foolish)ことを続けてほしい、という願いが込められていたのです。
若き日のジョブズにとって、このカタログとその最後のメッセージは、単なる情報源以上の、まさに人生の指針となるものでした。コンピュータという「ツール」を通じて、個人が持つ力を最大限に引き出すというAppleの創業理念は、『The Whole Earth Catalog』が掲げた「access to tools」の精神と深く共鳴しています。彼は、この雑誌から受けたインスピレーションを、テクノロジーの世界で実現しようとしたのです。
2005年スタンフォード大学卒業式のスピーチ
この言葉が世界的に知られる直接のきっかけとなったのが、2005年6月12日に行われたスタンフォード大学の第114回卒業式でのスティーブ・ジョブズによる祝辞です。当時、ジョブズはすい臓がんの手術から回復したばかりであり、そのスピーチは彼の人生観や死生観が色濃く反映された、非常に個人的で感動的なものでした。
なぜこのスピーチが伝説となったのか?
通常、大学の卒業祝辞は、成功者による一般的な成功法則や未来への激励の言葉で構成されることが多いものです。しかし、ジョブズのスピーチは全く異なりました。彼は、輝かしい成功物語ではなく、自らの人生における3つの個人的な「物語」を語りました。それは、「大学中退」「解雇」「死」という、いずれも挫折や困難に満ちた経験でした。
- 点と点をつなげる (Connecting the dots): 大学中退という失敗が、後のMacの美しいフォントデザインに繋がった話。
- 愛と敗北 (Love and Loss): 自分が創設したAppleから追放されたという最大の屈辱が、結果的に彼の創造性を再び解き放った話。
- 死 (Death): がん宣告によって死を身近に意識したことが、人生で本当に大切なことを見極めるきっかけになった話。
これらの物語を通じて、彼は「人生の挫折や一見無意味に見える出来事も、後から振り返ればすべて繋がっている」「本当に好きなことを見つけ、やり続けることの重要性」「死を意識することで、本質的な生き方ができる」という普遍的なメッセージを伝えました。
スピーチの締めくくりとしての「Stay hungry, Stay foolish」
そして、この3つの物語を語り終えた後、スピーチの締めくくりとして、彼は前述の『The Whole Earth Catalog』のエピソードを紹介し、卒業生たちに向けてこう語りかけます。
「彼らが最終号で別れのメッセージとして掲げたのが、『Stay hungry, Stay foolish』でした。それは、私が常に自分自身に願ってきたことです。そして今、卒業して新しい人生を始める君たちに、それを願います。」
この文脈で語られることで、「Stay hungry, Stay foolish」は、単なる引用句以上の重みを持つことになりました。ジョブズ自身の波乱に満ちた人生、挫折を乗り越えてイノベーションを成し遂げた経験そのものが、この言葉の意味を裏付けていたからです。それは、成功の絶頂からではなく、敗北と死の淵から人生を見つめ直した人間だからこそ語れる、真実の重みを持った言葉として、聴衆の、そして世界中の人々の心に深く響いたのです。
このスピーチによって、「Stay hungry, Stay foolish」は、カウンターカルチャーの文脈から解き放たれ、挑戦し続けるすべての人々への普遍的なエールとして、新たな生命を吹き込まれました。
スティーブ・ジョブズのスピーチ全文と和訳
2005年6月12日、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業生に贈ったスピーチは、歴史に残る名演説として世界中で語り継がれています。彼の人生から紡ぎ出された3つの物語は、成功、失敗、愛、喪失、そして生と死という普遍的なテーマを扱い、聞く者の心を強く揺さぶります。ここでは、その伝説的なスピーチの全文を英語原文と日本語訳で紹介します。原文の力強さと、日本語訳でそのニュアンスを深く味わってみてください。
(注:以下の英文および和訳は、スタンフォード大学が公開している公式記録に基づいています。)
参照:Stanford University “Steve Jobs’ 2005 Stanford Commencement Address”
スピーチ全文(英語原文)
Thank you. I am honored to be with you today at your commencement from one of the finest universities in the world. I never graduated from college. Truth be told, this is the closest I’ve ever gotten to a college graduation. Today I want to tell you three stories from my life. That’s it. No big deal. Just three stories.
The first story is about connecting the dots.
I dropped out of Reed College after the first 6 months, but then stayed around as a drop-in for another 18 months or so before I really quit. So why did I drop out?
It started before I was born. My biological mother was a young, unwed college graduate student, and she decided to put me up for adoption. She felt very strongly that I should be adopted by college graduates, so everything was all set for me to be adopted at birth by a lawyer and his wife. Except that when I popped out they decided at the last minute that they really wanted a girl. So my parents, who were on a waiting list, got a call in the middle of the night asking: “We have an unexpected baby boy; do you want him?” They said: “Of course.” My biological mother later found out that my mother had never graduated from college and that my father had never graduated from high school. She refused to sign the final adoption papers. She only relented a few months later when my parents promised that I would someday go to college.
And 17 years later I did go to college. But I naively chose a college that was almost as expensive as Stanford, and all of my working-class parents’ savings were being spent on my college tuition. After six months, I couldn’t see the value in it. I had no idea what I wanted to do with my life and no idea how college was going to help me figure it out. And here I was spending all of the money my parents had saved their entire life. So I decided to drop out and trust that it would all work out OK. It was pretty scary at the time, but looking back it was one of the best decisions I ever made. The minute I dropped out I could stop taking the required classes that didn’t interest me, and begin dropping in on the ones that looked interesting.
It wasn’t all romantic. I didn’t have a dorm room, so I slept on the floor in friends’ rooms, I returned Coke bottles for the 5¢ deposits to buy food with, and I would walk the 7 miles across town every Sunday night to get one good meal a week at the Hare Krishna temple. I loved it. And much of what I stumbled into by following my curiosity and intuition turned out to be priceless later on. Let me give you one example:
Reed College at that time offered perhaps the best calligraphy instruction in the country. Throughout the campus every poster, every label on every drawer, was beautifully hand calligraphed. Because I had dropped out and didn’t have to take the normal classes, I decided to take a calligraphy class to learn how to do this. I learned about serif and san serif typefaces, about varying the amount of space between different letter combinations, about what makes great typography great. It was beautiful, historical, artistically subtle in a way that science can’t capture, and I found it fascinating.
None of this had even a hope of any practical application in my life. But ten years later, when we were designing the first Macintosh computer, it all came back to me. And we designed it all into the Mac. It was the first computer with beautiful typography. If I had never dropped in on that single course in college, the Mac would have never had multiple typefaces or proportionally spaced fonts. And since Windows just copied the Mac, it’s likely that no personal computer would have them. If I had never dropped out, I would have never dropped in on this calligraphy class, and personal computers might not have the wonderful typography that they do. Of course it was impossible to connect the dots looking forward when I was in college. But it was very, very clear looking back ten years later.
Again, you can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life.
My second story is about love and loss.
I was lucky — I found what I loved to do early in life. Woz and I started Apple in my parents’ garage when I was 20. We worked hard, and in 10 years Apple had grown from just the two of us in a garage into a $2 billion company with over 4000 employees. We had just released our finest creation — the Macintosh — a year earlier, and I had just turned 30. And then I got fired. How can you get fired from a company you started? Well, as Apple grew we hired someone who I thought was very talented to run the company with me, and for the first year or so things went well. But then our visions of the future began to diverge and eventually we had a falling out. When we did, our Board of Directors sided with him. So at 30 I was out. And very publicly out. What had been the focus of my entire adult life was gone, and it was devastating.
I really didn’t know what to do for a few months. I felt that I had let the previous generation of entrepreneurs down – that I had dropped the baton as it was being passed to me. I met with David Packard and Bob Noyce and tried to apologize for screwing up so badly. I was a very public failure, and I even thought about running away from the valley. But something slowly began to dawn on me — I still loved what I did. The turn of events at Apple had not changed that one bit. I had been rejected, but I was still in love. And so I decided to start over.
I didn’t see it then, but it turned out that getting fired from Apple was the best thing that could have ever happened to me. The heaviness of being successful was replaced by the lightness of being a beginner again, less sure about everything. It freed me to enter one of the most creative periods of my life.
During the next five years, I started a company named NeXT, another company named Pixar, and fell in love with an amazing woman who would become my wife. Pixar went on to create the world’s first computer animated feature film, Toy Story, and is now the most successful animation studio in the world. In a remarkable turn of events, Apple bought NeXT, I returned to Apple, and the technology we developed at NeXT is at the heart of Apple’s current renaissance. And Laurene and I have a wonderful family together.
I’m pretty sure none of this would have happened if I hadn’t been fired from Apple. It was awful tasting medicine, but I guess the patient needed it. Sometimes life hits you in the head with a brick. Don’t lose faith. I’m convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did. You’ve got to find what you love. And that is as true for your work as it is for your lovers. Your work is going to fill a large part of your life, and the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work. And the only way to do great work is to love what you do. If you haven’t found it yet, keep looking. Don’t settle. As with all matters of the heart, you’ll know when you find it. And, like any great relationship, it just gets better and better as the years roll on. So keep looking until you find it. Don’t settle.
My third story is about death.
When I was 17, I read a quote that went something like: “If you live each day as if it was your last, someday you’ll most certainly be right.” It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: “If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?” And whenever the answer has been “No” for too many days in a row, I know I need to change something.
Remembering that I’ll be dead soon is the most important tool I’ve ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything — all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure – these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.
About a year ago I was diagnosed with cancer. I had a scan at 7:30 in the morning, and it clearly showed a tumor on my pancreas. I didn’t even know what a pancreas was. The doctors told me this was almost certainly a type of cancer that is incurable, and that I should expect to live no longer than three to six months. My doctor advised me to go home and get my affairs in order, which is doctor’s code for prepare to die. It means to try to tell your kids everything you thought you’d have the next 10 years to tell them in just a few months. It means to make sure everything is buttoned up so that it will be as easy as possible for your family. It means to say your goodbyes.
I lived with that diagnosis all day. Later that evening I had a biopsy, where they stuck an endoscope down my throat, through my stomach and into my intestines, put a needle into my pancreas and got a few cells from the tumor. I was sedated, but my wife, who was there, told me that when they viewed the cells under a microscope the doctors started crying because it turned out to be a very rare form of pancreatic cancer that is curable with surgery. I had the surgery and I’m fine now.
This was the closest I’ve been to facing death, and I hope it’s the closest I get for a few more decades. Having lived through it, I can now say this to you with a bit more certainty than when death was a useful but purely intellectual concept:
No one wants to die. Even people who want to go to heaven don’t want to die to get there. And yet death is the destination we all share. No one has ever escaped it. And that is as it should be, because Death is very likely the single best invention of Life. It is Life’s change agent. It clears out the old to make way for the new. Right now the new is you, but someday not too long from now, you will gradually become the old and be cleared away. Sorry to be so dramatic, but it is quite true.
Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma — which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.
When I was young, there was an amazing publication called The Whole Earth Catalog, which was one of the bibles of my generation. It was created by a fellow named Stewart Brand not far from here in Menlo Park, and he brought it to life with his poetic touch. This was in the late 1960s, before personal computers and desktop publishing, so it was all made with typewriters, scissors, and polaroid cameras. It was sort of like Google in paperback form, 35 years before Google came along: it was idealistic, and overflowing with neat tools and great notions.
Stewart and his team put out several issues of The Whole Earth Catalog, and then when it had run its course, they put out a final issue. It was the mid-1970s, and I was your age. On the back cover of their final issue was a photograph of an early morning country road, the kind you might find yourself hitchhiking on if you were so adventurous. Beneath it were the words: “Stay hungry. Stay foolish.”
It was their farewell message as they signed off. Stay hungry. Stay foolish. And I have always wished that for myself. And now, as you graduate to begin anew, I wish that for you.
Stay hungry. Stay foolish.
Thank you all very much.
スピーチ全文(日本語訳)
ありがとう。本日は、世界で最も素晴らしい大学の一つであるこの場所で、皆さんの卒業式にご一緒できることを光栄に思います。私は大学を卒業したことがありません。実を言うと、これが私にとって最も大学の卒業式に近い経験です。今日は、私の人生から3つの話をしたいと思います。それだけです。大したことではありません。たった3つの話です。
最初の話は、点と点をつなげることについてです。
私はリード大学に入学後、わずか6ヶ月で中退しました。しかし、その後もぐりの学生として18ヶ月ほど大学に居座り、本当に辞めました。では、なぜ私は中退したのでしょうか。
それは、私が生まれる前にさかのぼります。私の生みの母は、若く未婚の大学院生で、私を養子に出すことを決意しました。彼女は、私が大卒の夫婦に引き取られるべきだと強く信じていたので、私が生まれたら弁護士夫妻の養子になるよう、すべて手はずが整っていました。ところが、私が生まれてみると、その夫妻は土壇場になって、女の子が欲しいと言い出したのです。そこで、養子を待つリストに載っていた私の両親のもとに、深夜、電話がかかってきました。「予定外の男の子が生まれました。引き取りませんか?」と。両親は言いました。「もちろん」。しかし、私の生みの母は後になって、私の(養)母が大卒でなく、(養)父が高卒ですらないことを知りました。彼女は最終的な養子縁組の書類に署名することを拒否しました。彼女が折れたのは、その数ヶ月後、私の両親が、私をいつか必ず大学に行かせると約束したからでした。
そして17年後、私は大学に行きました。しかし私は、スタンフォードとほぼ同じくらい学費の高い大学を世間知らずにも選んでしまい、労働者階級である両親の蓄えはすべて私の学費に消えていきました。6ヶ月後、私はそこに価値を見いだせなくなりました。自分が人生で何をしたいのか全くわからず、大学がそれを見つける手助けをしてくれるとも思えませんでした。そして私は、両親が一生をかけて貯めたお金をすべて使っているのです。だから私は中退を決意し、すべてはうまく行くと信じることにしました。当時はかなり怖かったですが、振り返ってみると、あれは人生で下した最良の決断の一つでした。中退した瞬間、興味のなかった必修科目を履修するのをやめ、面白そうに見える科目にだけもぐりで出席し始めることができたのです。
すべてがロマンチックだったわけではありません。私には寮の部屋がなかったので、友人の部屋の床で寝ていました。コーラの瓶を店に返し、5セントの預かり金をもらって食費の足しにしました。そして毎週日曜の夜には、ハレ・クリシュナ寺院で週に一度のまともな食事にありつくために、7マイルの道のりを歩いて街を横切りました。私はそれが大好きでした。そして、私の好奇心と直感に従って偶然に出会ったものの多くが、後になってかけがえのないものだとわかりました。一つ例を挙げさせてください。
当時のリード大学は、おそらく全米で最高のカリグラフィ(文字芸術)の教育を提供していました。キャンパス中のすべてのポスター、すべての引き出しのラベルが、手で美しく描かれていました。私は中退していて普通の授業を受ける必要がなかったので、カリグラフィのクラスを取って、その方法を学ぶことにしました。セリフ体やサンセリフ体、文字の組み合わせによって文字間隔を変えること、素晴らしいタイポグラフィを素晴らしいものにしている要素について学びました。それは美しく、歴史的で、科学では捉えきれない芸術的な繊細さがあり、私はそれに魅了されました。
このどれもが、私の人生で実用的な応用が見込めるものでは全くありませんでした。しかし10年後、私たちが最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計していた時、そのすべてが蘇ってきたのです。そして私たちは、そのすべてをMacに盛り込みました。Macは、美しいタイポグラフィを持つ最初のコンピュータになりました。もし私が大学であの単一のコースにもぐりで出席していなかったら、Macが複数の書体やプロポーショナルフォントを持つことは決してなかったでしょう。そして、ウィンドウズはただMacを真似しただけなので、おそらくどのパーソナルコンピュータもそれらを持たなかったでしょう。もし私が中退していなかったら、このカリグラフィのクラスにもぐりで出席することはなかったでしょうし、パーソナルコンピュータは今あるような素晴らしいタイポグラフィを持っていなかったかもしれません。もちろん、大学時代に将来を見越して点と点をつなぐことは不可能でした。しかし、10年後に振り返ってみると、それは非常にはっきりと見えたのです。
繰り返しますが、未来を見ながら点と点をつなぐことはできません。できるのは、過去を振り返ってつなぐことだけです。だから、将来その点と点が何らかの形でつながると信じなければなりません。何かを信じなくてはなりません。あなたの直感、運命、人生、カルマ、何でもいいです。このアプローチが私を裏切ったことは一度もなく、私の人生にすべての違いをもたらしました。
私の2つ目の話は、愛と敗北についてです。
私は幸運でした。人生の早い段階で、自分が愛することを仕事にできることを見つけました。ウォズと私は、私が20歳の時に両親のガレージでアップルを始めました。私たちは懸命に働き、10年でアップルはガレージにいた私たち2人だけの会社から、4000人以上の従業員を擁する20億ドル企業へと成長しました。私たちは最高の創造物であるマッキントッシュを発表したばかりで、私はちょうど30歳になったところでした。そして、私は解雇されたのです。自分が始めた会社から、どうして解雇され得るのでしょうか?まあ、アップルが成長するにつれて、私は非常に才能があると思う人物を雇い、一緒に会社を経営しました。最初の1年ほどは順調でした。しかし、やがて私たちの未来に対するビジョンは食い違い始め、最終的に私たちは仲たがいしました。その時、取締役会は彼に味方したのです。それで30歳にして、私は会社を去りました。それも、非常に公然と。私の成人してからの人生のすべてだったものがなくなり、それは壊滅的な出来事でした。
数ヶ月間、私は本当に何をしていいかわかりませんでした。私は、前の世代の起業家たちをがっかりさせてしまったと感じました。私に渡されようとしていたバトンを落としてしまった、と。私はデビッド・パッカードやボブ・ノイスに会い、ひどい失敗をしたことを謝ろうとしました。私は非常に公的な失敗者であり、シリコンバレーから逃げ出すことさえ考えました。しかし、何かがゆっくりと私の中で分かり始めました。私はまだ、自分のやっていたことを愛していました。アップルでの出来事も、その気持ちを少しも変えませんでした。私は拒絶されましたが、まだ愛していたのです。だから私は、もう一度やり直すことに決めました。
その時はわかりませんでしたが、アップルから解雇されたことは、私の人生で起こり得た最高のことだったと、後になってわかりました。成功者であることの重圧が、再び初心者であることの軽さに取って代わられたのです。すべてにおいて確信が持てない状態です。それが私を解放し、人生で最も創造的な時期の一つへと入らせてくれました。
続く5年間で、私はNeXTという会社と、Pixarという別の会社を立ち上げ、そして妻となる素晴らしい女性と恋に落ちました。Pixarは世界初のコンピュータアニメーション映画『トイ・ストーリー』を制作し、今や世界で最も成功したアニメーションスタジオです。驚くべき巡り合わせで、アップルはNeXTを買収し、私はアップルに復帰しました。そしてNeXTで私たちが開発した技術は、現在のアップルのルネサンス(再生)の核となっています。そしてロリーンと私は、素晴らしい家庭を築いています。
もし私がアップルを解雇されていなかったら、このどれも起こらなかったと確信しています。それはひどく苦い薬でしたが、患者にはそれが必要だったのでしょう。人生は時々、レンガで頭を殴りつけてきます。信念を失わないでください。私を前進させ続けた唯一のものは、自分がやっていることを愛していたことだと確信しています。皆さんも、自分が愛することを見つけなければなりません。それは仕事においても、恋愛においても真実です。あなたの仕事は人生の大部分を占めるのですから、本当に満足する唯一の方法は、素晴らしい仕事だと信じることをすることです。そして、素晴らしい仕事をする唯一の方法は、自分の仕事を愛することです。まだそれを見つけていないのなら、探し続けてください。安住してはいけません。心に関するすべての事柄がそうであるように、見つけた時にはわかるはずです。そして、どんな素晴らしい関係もそうであるように、年月を重ねるごとにより良くなっていきます。だから、見つかるまで探し続けてください。安住してはいけません。
私の3つ目の話は、死についてです。
17歳の時、私はこんな言葉を読みました。「もし毎日を人生最後の日のように生きるなら、いつか必ずその通りになるだろう」。それは私に感銘を与え、それ以来33年間、私は毎朝鏡を見て自問自答してきました。「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを、私は本当にやりたいだろうか?」と。そして、その答えが「ノー」である日が何日も続くと、何かを変える必要があるとわかるのです。
もうすぐ死ぬということを忘れないでいることは、私が人生の大きな選択をする上で出会った、最も重要なツールです。なぜなら、ほとんどすべてのこと、つまり外部からの期待、すべてのプライド、恥や失敗への恐れ、そういったものは死を前にするとすべて消え去り、本当に重要なことだけが残るからです。自分が死ぬ運命にあることを覚えておくのは、何かを失うという考え方の罠を避けるための、私が知る最良の方法です。あなたはすでに裸です。自分の心に従わない理由はありません。
約1年前、私はがんと診断されました。朝7時半にスキャンを受けたところ、すい臓にはっきりと腫瘍が映っていました。私はすい臓が何かも知りませんでした。医者たちは、これはほぼ間違いなく治療不可能な種類のがんであり、余命は3ヶ月から6ヶ月だろうと告げました。主治医は私に、家に帰って身辺整理をするようにと助言しました。それは医者の言葉で言えば、死の準備をしろということです。それは、今後10年かけて子供たちに伝えようと思っていたことを、すべて数ヶ月のうちに伝えろということです。それは、家族にとってできるだけ物事が簡単になるように、すべてをきちんと片付けておけということです。それは、別れを告げろということです。
私はその診断と共に一日を過ごしました。その日の夕方、私は生体検査を受けました。内視鏡を喉から胃、腸へと通し、すい臓に針を刺して腫瘍から細胞をいくつか採取するのです。私は鎮静剤を打たれていましたが、そこにいた妻が言うには、医者たちが顕微鏡で細胞を見たとき、彼らは泣き始めたそうです。なぜなら、それは手術で治癒可能な、非常に稀な形態のすい臓がんであることが判明したからでした。私は手術を受け、今では元気です。
これが、私が死に最も近づいた経験であり、今後数十年はこれが最も近い経験であることを願っています。それを生き抜いた今、死が有益ではあるものの純粋に知的な概念だった頃よりも、少しだけ確信を持って皆さんにこう言うことができます。
誰も死にたくはありません。天国へ行きたいと願う人々でさえ、そこへ行くために死にたいとは思いません。それでも、死は私たち全員が共有する目的地です。誰もそれを逃れたことはありません。そして、それはそうあるべきなのです。なぜなら、死は、おそらく生命の唯一にして最高の発明だからです。それは生命の変化を促すものです。それは古いものを一掃し、新しいもののための道を開けます。今、新しいものとは皆さんです。しかし、そう遠くないいつの日か、皆さんも徐々に古いものとなり、一掃されるでしょう。こんなに芝居がかって申し訳ないですが、それは全くの真実です。
あなたの時間は限られています。だから、他人の人生を生きることで無駄にしてはいけません。ドグマ(教義)にとらわれてはいけません。それは、他人の思考の結果と共に生きることです。他人の意見という騒音に、あなたの内なる声をかき消させてはいけません。そして最も重要なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。それらはどういうわけか、あなたが本当になりたいものをすでに知っているのです。それ以外のすべては、二の次です。
私が若かった頃、『全地球カタログ』という素晴らしい出版物があり、私たちの世代のバイブルの一つでした。それはスチュアート・ブランドという人物が、ここからそう遠くないメンローパークで創刊し、彼の詩的なタッチで命を吹き込みました。それは1960年代後半、パーソナルコンピュータやデスクトップパブリッシングが登場する前のことなので、すべてタイプライターとハサミ、ポラロイドカメラで作られていました。それは、Googleが登場する35年前の、いわばペーパーバック版のGoogleでした。理想主義的で、気の利いたツールや素晴らしい概念に満ち溢れていました。
スチュアートと彼のチームは『全地球カタログ』を何号か発行し、そしてその役目が終わった時、最終号を出しました。それは1970年代半ばで、私は皆さんと同じ年頃でした。その最終号の裏表紙には、早朝の田舎道の写真が載っていました。もしあなたが冒険好きなら、ヒッチハイクをしている自分を見つけるかもしれない、そんな道です。その下には、こんな言葉がありました。「Stay hungry. Stay foolish.」
それは、彼らが活動を終える際の、別れのメッセージでした。「ハングリーであれ。愚か者であれ」。そして私は、常に自分自身にそうありたいと願ってきました。そして今、卒業して新たに歩み始める皆さんに、それを願います。
Stay hungry. Stay foolish.
皆さん、どうもありがとうございました。
スピーチで語られた3つの物語
スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチは、彼の人生における3つの重要なエピソードを中心に構成されています。これらの物語は、単なる昔話ではありません。それぞれが深い教訓を含んでおり、彼の哲学の根幹をなす要素を明らかにしています。ここでは、その3つの物語、「点と点をつなげる」「愛と敗北」「死」について、それぞれを深く掘り下げて解説します。
1つ目の話:点と点をつなげる(Connecting the dots)
最初の物語は、ジョブズがリード大学を中退した後の経験に基づいています。彼は高額な学費に見合う価値を見いだせず、わずか6ヶ月で大学を辞めるという大きな決断を下しました。しかし、彼はすぐにキャンパスを去ったわけではなく、「もぐりの学生」として興味のある授業にだけ出席し続けました。その中で彼が夢中になったのが「カリグラフィ(西洋書道)」の授業でした。
一見、無意味に見える選択
当時の彼にとって、セリフ体やサンセリフ体といった書体の美学や、文字間のスペース調整といった知識は、将来のキャリアに直接役立つとは到底思えないものでした。スピーチの中でも「このどれもが、私の人生で実用的な応用が見込めるものでは全くありませんでした」と語っています。多くの人から見れば、それは単なる道楽か、現実逃避に過ぎなかったかもしれません。しかし、彼は純粋な好奇心と「美しい」と感じる心に従い、その学びに没頭しました。
未来への伏線
この経験が持つ本当の意味が明らかになったのは、それから10年後のことでした。ジョブズがスティーブ・ウォズニアックと共に最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計していた時、彼は大学で学んだカリグラフィの知識をすべて思い出し、それをMacに注ぎ込みました。その結果、Macは世界で初めて複数の美しいフォント(書体)や、文字ごとに幅が最適化されたプロポーショナルフォントを搭載したパーソナルコンピュータとなったのです。
これは、当時としては画期的なことでした。それまでのコンピュータの文字は、無機質で画一的なものが当たり前でした。しかし、Macは美しいタイポグラフィによって、ユーザーに全く新しい、人間的で創造的な体験を提供したのです。このMacのデザイン哲学は、後にマイクロソフトのWindowsにも多大な影響を与え、今日のパーソナルコンピュータにおける豊かな表現力の基礎を築きました。
この物語が教えること
このエピソードからジョブズが引き出した教訓は、非常に重要です。
You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
(未来を見ながら点と点をつなぐことはできません。できるのは、過去を振り返ってつなぐことだけです。だから、将来その点と点が何らかの形でつながると信じなければなりません。)
私たちは未来を正確に予測することはできません。だからこそ、今、目の前にあることに無心で取り組むことが重要になります。それがキャリアに直接繋がるかどうか、すぐに成果が出るかどうかを計算しすぎるのではなく、自分の好奇心や直感が「面白い」「学びたい」と告げることに素直に従う勇気が必要です。
一見すると寄り道や無駄に思えるような経験(点)が、後になって思いがけない形で別の経験(点)と結びつき、自分だけのユニークな価値やキャリアを形成する線となるのです。この「後から振り返って初めて意味がわかる」という感覚を信じることが、先行き不透明な時代を生き抜く上での一つの鍵となります。
2’つ目の話:愛と敗北(Love and Loss)
2つ目の物語は、ジョブズのキャリアにおける最大の挫折と、そこからの再生を描いています。20代で両親のガレージからAppleを立ち上げ、10年で20億ドル企業へと成長させた彼は、30歳にして、自分が創業者であるはずの会社から追放されるという耐え難い経験をしました。自らスカウトした経営者との対立の末、取締役会から見放されたのです。
成功の頂点からの転落
「私の成人してからの人生のすべてだったものがなくなり、それは壊滅的な出来事でした」と彼は語っています。世間的な評価も、アイデンティティの拠り所も、すべてを失った彼は、シリコンバレーから逃げ出すことさえ考えたと言います。これほどの「公的な失敗」は、多くの人にとっては再起不能なほどの打撃でしょう。
敗北の中に見出した光
しかし、絶望の淵で、彼は一つの真実に気づきます。それは「I still loved what I did.(私はまだ、自分のやっていたことを愛していた)」ということでした。会社は失ったけれど、テクノロジーを使って素晴らしい製品を創り出すことへの情熱は、まったく失われていなかったのです。この「愛」こそが、彼を再び立ち上がらせる原動力となりました。
彼はこの敗北を、新たな始まりと捉え直しました。
The heaviness of being successful was replaced by the lightness of being a beginner again, less sure about everything. It freed me to enter one of the most creative periods of my life.
(成功者であることの重圧が、再び初心者であることの軽さに取って代わられたのです。…それが私を解放し、人生で最も創造的な時期の一つへと入らせてくれました。)
Appleを追われた後の5年間で、彼はNeXT社とPixar社を設立します。NeXTでは革新的なコンピュータシステムを開発し、Pixarでは世界初の長編CGアニメーション映画『トイ・ストーリー』を世に送り出しました。そして運命の巡り合わせで、Appleが経営危機に陥った際にNeXTを買収。ジョブズはAppleに復帰し、NeXTで培った技術を核として、iMac、iPod、iPhoneといった製品でAppleを奇跡的な復活へと導いたのです。
この物語が教えること
この物語の核心は、「愛すること」の力です。
You’ve got to find what you love. … And the only way to do great work is to love what you do. If you haven’t found it yet, keep looking. Don’t settle.
(皆さんも、自分が愛することを見つけなければなりません。…そして、素晴らしい仕事をする唯一の方法は、自分の仕事を愛することです。まだそれを見つけていないのなら、探し続けてください。安住してはいけません。)
人生やキャリアにおいて、困難や挫折は避けられません。そんな時、人を支え、再び前へ進ませる力となるのが、自分がやっていることに対する深い愛情や情熱です。報酬や地位のためだけに仕事をしていると、逆境に直面した時に心が折れてしまいがちです。しかし、心から「好きだ」と思える仕事であれば、どんな困難も乗り越えるためのエネルギーが湧いてきます。
そして、ジョブズは「安住するな(Don’t settle)」と繰り返します。もし、まだ心から愛せる仕事に出会えていないのなら、妥協せずに探し続けるべきだと。それは、人生の大部分を占める仕事において、真の満足感を得るための唯一の道だからです。
3つ目の話:死(Death)
最後の物語は、最も根源的でパーソナルなテーマ、「死」についてです。ジョブズは、17歳の時に出会った「もし毎日を人生最後の日のように生きるなら、いつか必ずその通りになるだろう」という言葉に感銘を受け、以来、毎朝鏡を見て「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを本当にやりたいか?」と自問してきたと語ります。
死を意識することの力
そして、この哲学は、彼が実際のがん宣告によって死を身近に感じたことで、さらに現実味を帯びます。余命3~6ヶ月と宣告された経験は、彼に「死」が単なる知的な概念ではなく、避けられない現実であることを突きつけました。この経験を通じて、彼は人生における最も重要なツールを手に入れたと言います。
Remembering that I’ll be dead soon is the most important tool I’ve ever encountered to help me make the big choices in life.
(もうすぐ死ぬということを忘れないでいることは、私が人生の大きな選択をする上で出会った、最も重要なツールです。)
なぜなら、死を前にすると、些細なことはすべて意味を失うからです。他人の期待、世間体、プライド、失敗への恐れといった、私たちの行動を縛る多くの重荷は、死という絶対的な現実の前では消え去ります。残るのは、本当に重要なこと、本質的なことだけです。
この物語が教えること
この物語が私たちに伝えるのは、限りある時間をいかに生きるかという問いです。
Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life. Don’t be trapped by dogma … Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition.
(あなたの時間は限られています。だから、他人の人生を生きることで無駄にしてはいけません。…他人の意見という騒音に、あなたの内なる声をかき消させてはいけません。そして最も重要なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことです。)
私たちは、自分に残された時間が無限ではないことを知っています。しかし、日常の中ではその事実を忘れがちです。「死」を意識することは、私たちを他人の価値観や社会の期待(ドグマ)から解放し、自分自身の内なる声、つまり心と直感に耳を傾ける勇気を与えてくれます。
ジョブズは、私たちの心や直感は「どういうわけか、あなたが本当になりたいものをすでに知っている」と信じていました。人生における最も重要な決断を下す時、頼るべきは外部の騒音ではなく、自分自身の内側にある静かな声なのです。
これら3つの物語は、それぞれが独立していながらも、深く結びついています。「点と点」の話は未来の不確実性を受け入れ、今を信じることを教え、「愛と敗北」の話は情熱を羅針盤とすることの重要性を説き、「死」の話は有限な時間の中で本質を生きることを促します。これらすべてが一体となって、スピーチの最後の言葉「Stay hungry, Stay foolish」に、揺るぎない説得力を与えているのです。
スティーブ・ジョブズはどのような人物か
「Stay hungry, Stay foolish」という言葉や伝説のスピーチを深く理解するためには、その言葉を発したスティーブ・ジョブズ(Steve Jobs, 1955-2011)という人物の生涯を知ることが欠かせません。彼の人生は、成功と挫折、創造と破壊、理想と現実が交錯する、まさに波乱万丈なものでした。ここでは、彼の生い立ちから晩年に至るまでの軌跡をたどり、その人物像に迫ります。
生い立ちと大学中退
スティーブ・ジョブズは1955年2月24日、サンフランシスコでシリア人の父とアメリカ人の母の間に生まれました。しかし、両親は未婚の学生であり、ジョブズを育てる環境になかったため、彼は生まれてすぐにポール・ジョブズとクララ・ジョブズ夫妻の養子となります。養父のポールは機械工で、自宅のガレージで中古車を分解・修理する姿は、幼いジョブズに電子機器やデザインへの興味を抱かせる原体験となりました。
彼は早くからその才能の片鱗を見せ、カリフォルニア州クパチーノのホームステッド高校時代には、ヒューレット・パッカード社でアルバイトを経験。この時、後にAppleを共同で設立することになる5歳年上の技術者、スティーブ・ウォズニアック(愛称:ウォズ)と出会います。
1972年、ジョブズはオレゴン州ポートランドにあるリベラルアーツ・カレッジの名門、リード大学に進学します。しかし、彼は伝統的な教育システムに馴染めず、また、労働者階級の養父母が高額な学費に苦しんでいることに罪悪感を覚え、わずか1学期(6ヶ月)で大学を中退します。この決断は、彼の人生における最初の大きな転換点でした。大学を辞めた後も、彼はキャンパスに留まり、カリグラフィ(文字芸術)のクラスなど、自分が本当に興味を持てる授業にだけ「もぐり」で参加しました。この時の経験が、後にMacintoshの美しいフォントデザインへと繋がっていくことになります。
Appleの設立
大学を離れたジョブズは、精神的な探求のためにインドへ旅をするなど、放浪の時期を経てカリフォルニアに戻ります。そして1976年、21歳のジョブズは、友人のスティーブ・ウォズニアック、そしてロナルド・ウェインと共に、ジョブズ家のガレージでApple Computer社を設立しました。
ウォズニアックが設計した革新的なパーソナルコンピュータの基板「Apple I」を製品化するため、ジョブズはそのビジョンと驚異的な交渉力で部品を調達し、販売契約を取り付けました。翌1977年には、より完成度を高めた「Apple II」を発表。キーボードとカラーグラフィックスを備え、プラスチック製の洗練されたケースに収められたApple IIは、個人が家庭やオフィスで使えるコンピュータという、まったく新しい市場を切り拓き、大ヒットを記録しました。これにより、Appleは設立からわずか数年で、シリコンバレーを代表する急成長企業へと駆け上がります。ジョブズの「誰もが使えるコンピュータを作る」というビジョンが、パーソナルコンピュータ革命の火付け役となったのです。
Appleからの追放と復帰
会社の急成長と共に、ジョブズの完璧主義と激しい気性は、社内で多くの軋轢を生むようになります。1984年、彼は画期的なグラフィカルユーザーインターフェース(GUI)を備えた「Macintosh」の開発を主導し、大きな注目を集めます。しかし、Macintoshの売れ行きが期待ほど伸び悩む中、ジョブズがペプシコから引き抜いた経営者のジョン・スカリーとの対立が激化。最終的に、1985年、ジョブズは自らが設立したAppleの取締役会によって、すべての実権を剥奪され、会社を去ることになりました。30歳でのこの出来事は、彼のキャリアにおける最大の挫折でした。
しかし、ジョブズはここで終わりませんでした。Appleを去った彼は、同年に教育・研究市場向けの高性能コンピュータを開発する「NeXT Computer」社を設立。さらに翌1986年には、映画監督ジョージ・ルーカスからコンピュータグラフィックス部門を買い取り、「Pixar」を設立します。Pixarはその後、『トイ・ストーリー』をはじめとする数々の名作を生み出し、3DCGアニメーションの世界を牽引する存在となりました。
一方、ジョブズを失ったAppleは、革新的な製品を生み出せずに迷走し、90年代後半には深刻な経営危機に陥ります。この状況を打開するため、Appleは1997年にNeXT社を買収。この買収に伴い、ジョブズは暫定CEOとして12年ぶりにAppleへと劇的な復帰を果たします。
復帰後のジョブズは、そのカリスマ的なリーダーシップで大改革を断行。不採算部門を次々と整理し、製品ラインをシンプルに再構築しました。そして1998年の「iMac」を皮切りに、「iPod」(2001年)、「iPhone」(2007年)、「iPad」(2010年)といった、世界の人々のライフスタイルを根底から変える革新的な製品を次々と世に送り出しました。彼の復帰によって、倒産寸前だったAppleは息を吹き返し、世界で最も価値のある企業の一つへと奇跡的な復活を遂げたのです。
晩年とがんとの闘病
輝かしい成功の裏で、ジョブズは病魔と闘っていました。2003年、彼は比較的稀なタイプのすい臓がんであると診断されます。当初は手術を拒み、食事療法などで対処しようとしましたが、2004年に腫瘍の摘出手術を受けました。その後も、彼はCEOとしてAppleの陣頭指揮を執り続けましたが、病状は徐々に進行。2009年には肝臓移植手術を受け、2011年1月には病気療養のために再び休職しました。
そして2011年8月、彼はAppleのCEOを退任し、後任にティム・クックを指名。その約2ヶ月後の2011年10月5日、スティーブ・ジョブズは56歳の若さでこの世を去りました。
彼の死は世界中に大きな衝撃を与えましたが、彼が遺した「世界を変える」という情熱と、常識にとらわれずに革新を追求する精神は、Appleの製品や文化の中に、そして彼に影響を受けた世界中の人々の心の中に、今も生き続けています。彼の生涯は、「Stay hungry, Stay foolish」という言葉が、単なるスローガンではなく、彼自身の生き様そのものであったことを何よりも雄弁に物語っています。
Stay hungry, Stay foolish以外の名言
スティーブ・ジョブズは、その生涯を通じて数多くの印象的な言葉を残しました。彼の言葉は、製品発表会のプレゼンテーションやインタビュー、そしてスタンフォード大学のスピーチなどで語られ、その多くが彼の鋭い洞察力、妥協のない美学、そして人間性への深い理解を反映しています。「Stay hungry, Stay foolish」と並んで、彼の哲学を理解する上で欠かせない名言をいくつか紹介し、その背景と意味を解説します。
Your time is limited, so don’t waste it living someone else’s life.
日本語訳:「あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きることで無駄にしてはいけない。」
この言葉も、スタンフォード大学のスピーチの中で語られた、非常に有名で力強いメッセージです。これは、彼の3つ目の物語である「死」についての話の核心部分にあたります。がんの宣告を受け、死を身近に意識した経験から、彼は人生における「時間」の有限性を痛感しました。
この言葉が持つ意味
この名言は、私たちに自分自身の人生を生きることの重要性を強く訴えかけます。私たちは社会の中で生きる中で、知らず知らずのうちに親の期待、社会の常識、友人の評価といった「他人の価値観」に自分を合わせてしまいがちです。「良い大学に入り、安定した企業に就職し、家庭を築く」といった、社会が用意したテンプレートのような人生を追い求めることが、本当に自分の望む生き方なのか、とジョブズは問いかけます。
- ドグマからの解放: スピーチの中で彼は続けて「ドグマ(教義)にとらわれるな。それは他人の思考の結果と共に生きることだ」と述べています。他人が作り上げたルールや価値観を鵜呑みにするのではなく、自分自身の頭で考え、自分の心の声に従うべきだと説いています。
- 内なる声の重視: 外部からの雑音(the noise of others’ opinions)に惑わされず、自分の内なる声、直感、心に従う勇気を持つこと。それが、後悔のない人生を送るための鍵であると彼は信じていました。
- 主体的な人生の選択: 他人の期待に応えるための人生ではなく、自分が本当に情熱を注げること、意味があると感じることを追求する人生を選ぶこと。時間は有限だからこそ、一瞬一瞬を自分自身のために使うべきだという強いメッセージが込められています。
この言葉は、キャリアの選択、ライフスタイルの決定、人間関係など、人生のあらゆる局面で「これは本当に自分が望んでいることか?」と自問するための、強力なリマインダーとなります。
If you haven’t found it yet, keep looking. Don’t settle.
日本語訳:「まだそれを見つけていないなら、探し続けなさい。安住してはいけない。」
こちらもスタンフォード大学のスピーチ、2つ目の「愛と敗北」の物語の中で語られた言葉です。Appleから追放されるという最大の挫折を経験しながらも、彼を支え続けたのは「自分のやっていることを愛している」という純粋な情熱でした。この経験から、彼は仕事における「愛」の重要性を説きます。
この言葉が持つ意味
この名言は、仕事や人生において、心から情熱を注げるものを見つけるまで妥協しない姿勢の重要性を教えてくれます。「Don’t settle」という言葉には、「妥協するな」「満足するな」「落ち着いてしまうな」といった強いニュアンスが含まれています。
- 情熱の追求: 素晴らしい仕事を成し遂げるための唯一の方法は、その仕事を愛することだとジョブズは断言します。給料や安定性といった条件だけで仕事を選ぶのではなく、自分が心から「これをやりたい」と思えるものを見つけることが、真の満足感に繋がると考えていました。
- 探求の継続: すぐに天職が見つかるとは限りません。多くの人は、何が自分にとって本当に大切なことなのか分からないままキャリアをスタートさせます。しかし、そこで諦めたり、適当なところで妥協したりするのではなく、常に関心を持ち、アンテナを張り、探し続けることが重要です。
- 直感的な確信: ジョブズは「心に関するすべての事柄がそうであるように、見つけた時にはわかるはずだ」とも語っています。これは、論理的な分析だけでなく、直感的な「これだ!」という感覚を信じることの大切さを示唆しています。本当に愛せるものに出会った時、心は自然とそれを教えてくれるというのです。
この言葉は、就職活動中の学生や、キャリアに悩む社会人にとって、目先の安定や評価にとらわれず、長期的な視点で自分自身の幸福と満足を追求するための励ましとなります。
Design is not just what it looks and feels like. Design is how it works.
日本語訳:「デザインとは、単に見た目や雰囲気のことではない。どう機能するかだ。」
この言葉は、ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで語られたもので、Apple製品の根底に流れるデザイン哲学を完璧に要約しています。多くの人々が「デザイン」という言葉を、表面的な装飾や見た目の美しさと同義に捉えがちですが、ジョブズにとってのデザインは、それよりもはるかに深い意味を持っていました。
この言葉が持つ意味
ジョブズにとっての「デザイン」とは、製品の魂であり、その本質そのものでした。それは、ユーザーが製品を手に取り、使い、体験するプロセス全体を包含する概念です。
- 機能性と美しさの融合: Apple製品が美しいのは、単に外観が洗練されているからだけではありません。その美しさは、究極の使いやすさ、つまり「どう機能するか」という点と不可分に結びついています。ボタンの配置、ソフトウェアの操作感、製品を開封する時の体験(アンボックス)に至るまで、すべてが緻密に設計されています。
- ユーザー体験(UX)の重視: この言葉は、今日のIT業界で重要視される「ユーザーエクスペリエンス(UX)」の思想を先取りしています。製品がユーザーにどのような感情を抱かせ、どのように問題を解決し、どのように生活を豊かにするか。その全体験こそがデザインの核心であると考えていました。
- 本質への探求: 彼は、複雑なものを極限までシンプルにすることに情熱を燃やしました。不要なボタンや機能を削ぎ落とし、ユーザーが直感的に操作できる製品を目指しました。このシンプルさは、製品の内部構造からソフトウェアのアーキテクチャまで、すべてが「どう機能するか」という問いを突き詰めた結果として生まれるものでした。
この名言は、製品開発者やデザイナーだけでなく、あらゆる仕事において本質を追求することの重要性を教えてくれます。表面的な体裁を整えるだけでなく、その目的や機能、そしてそれを利用する人々に与える価値を深く考えることこそが、真に「良い仕事」を生み出す鍵となるのです。
これらの名言は、「Stay hungry, Stay foolish」と同様に、ジョブズの思考の核をなすものです。それぞれが異なる側面を照らし出しながらも、「本質を追求し、自分の心に従い、妥協せずに最高のものを目指す」という、一貫した哲学で結ばれていることがわかります。
ジョブズのスピーチを英語学習に活用する4ステップ
スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチは、その感動的な内容だけでなく、明瞭で力強い英語が使われていることから、優れた英語学習の教材としても非常に人気があります。彼のプレゼンテーションは、聴衆に語りかけるような自然な口調でありながら、重要なメッセージを効果的に伝えるための工夫が随所に凝らされています。ここでは、この伝説的なスピーチを英語学習に最大限活用するための具体的な4つのステップを紹介します。
① スクリプトを見ずにスピーチを聞く
最初のステップは、ウォーミングアップです。まずは、スピーチの映像や音声を、テキスト(スクリプト)を見ずに聞いてみましょう。YouTubeなどの動画サイトで「Steve Jobs Stanford Commencement Address」と検索すれば、公式の動画を簡単に見つけることができます。
このステップの目的
- 現在のリスニング力の確認: 現時点で、全体の何パーセントくらいを理解できるかを確認します。単語は聞き取れなくても、スピーチのトーンや抑揚、聴衆の反応などから、話の大まかな流れや雰囲気を掴むことを目指しましょう。
- 耳を英語に慣らす: ネイティブスピーカーの自然なスピード、リズム、イントネーションに耳を慣らすことが重要です。ジョブズのスピーチは、比較的はっきりとした発音で、かつ感情を込めてゆっくりと話す場面も多いため、リスニングの練習素材として適しています。
- 内容への興味喚起: 何度か聞いているうちに、「この部分は何と言っているのだろう?」「なぜここで聴衆は笑っているのだろう?」といった疑問が湧いてくるはずです。この好奇心が、次のステップへのモチベーションに繋がります。
完璧に聞き取ろうと気負う必要はありません。リラックスして、音楽を聴くような感覚で、まずはスピーチ全体を体感することから始めましょう。
② スクリプトを見ながらスピーチを聞く
次に、スピーチのスクリプト(文字起こしされたテキスト)を準備し、それを見ながらもう一度音声を聞きます。この記事で紹介した英文全文や、インターネットで検索して見つけたスクリプトを手元に用意してください。
このステップの目的
- 答え合わせ: ステップ①で聞き取れなかった部分や、意味がわからなかった箇所を確認します。目で文字を追いながら耳で音を聞くことで、「ああ、この単語はこう発音するのか」「このフレーズはこう繋がって聞こえていたのか」といった発見がたくさんあるはずです。
- 音声と文字のリンク: 英語学習において、単語のスペル(文字)と実際の発音(音声)を結びつけることは非常に重要です。特に、
"thought"
と"through"
のような似た音や、"read"
の過去形と現在形のような同スペル異音、単語と単語が繋がって聞こえるリンキング(例: “dropped out” → ドロップタウト)などを意識して聞くと、リスニング力が向上します。 - 表現のインプット: スピーチで使われている語彙や表現を、文脈の中でインプットします。例えば、
"connect the dots"
(点と点をつなぐ)や"Don't settle"
(安住するな)といったキーフレーズが、どのような状況で、どのような感情を込めて使われているかを体感できます。
このステップは、何度か繰り返すことをお勧めします。最初は音声についていくのが精一杯かもしれませんが、繰り返すうちに、だんだんと余裕を持って内容を追えるようになります。
③ スクリプトの単語やフレーズの意味を理解する
リスニングに慣れてきたら、次はスクリプトのテキストを精読し、単語やフレーズの意味を深く理解するステップに移ります。わからない単語や熟語は辞書で調べ、文法構造も確認しながら、一文一文の意味を正確に把握していきます。
このステップの目的
- 語彙力と読解力の向上: スピーチには、
commencement
(卒業式)、calligraphy
(書道)、dogma
(教義)、intuition
(直感)など、日常会話ではあまり使わないけれど知っておくと表現の幅が広がる単語が含まれています。これらの単語を、文脈の中で覚えることで、記憶に定着しやすくなります。 - 表現のニュアンスの理解: 例えば、
"It started before I was born."
というシンプルな文から物語を始める手法や、"Sometimes life hits you in the head with a brick."
(人生は時々、レンガで頭を殴りつけてくる)といった比喩表現など、ジョブズの巧みなストーリーテリングの技術を学ぶことができます。なぜこの単語が選ばれたのか、この表現がどのような効果を生んでいるのかを考えることで、より深いレベルで英語を理解できるようになります。 - 背景知識の習得: スピーチに出てくる固有名詞(
Reed College
,Woz
,David Packard
など)や文化的背景(The Whole Earth Catalog
)について少し調べてみると、スピーチの内容をより立体的に理解できます。
このステップを丁寧に行うことで、スピーチの表面的な意味だけでなく、ジョブズが伝えたかったメッセージの核心に迫ることができます。
④ シャドーイングでスピーチを真似てみる
最後の仕上げは、スピーキングの練習です。シャドーイング(Shadowing)というトレーニング方法に挑戦してみましょう。シャドーイングとは、英語の音声を聞きながら、ほんの少し(1〜2語)遅れて、影(シャドー)のようについていくように真似て発音する練習法です。
このステップの目的
- 発音・リズム・イントネーションの矯正: ジョブズの発音、話すスピード、間の取り方、強調する部分などをそっくり真似ることで、日本語訛りから脱却し、よりネイティブに近い自然な英語の話し方を身につけることができます。
- スピーキングの流暢さ向上: シャドーイングは、口の筋肉を英語用に鍛える効果的なトレーニングです。最初は口が回らなくても、繰り返すうちにスムーズに英語が口から出てくるようになります。
- リスニング力のさらなる強化: 正しく発音するためには、音声を細部まで正確に聞き取る必要があります。そのため、シャドーイングを続けることで、リスニング力も飛躍的に向上します。
シャドーイングのやり方
- 最初はスクリプトを見ながら、音声に合わせて小声でブツブツと呟くところから始めます。
- 慣れてきたら、スクリプトを見ずに、音声だけを頼りにシャドーイングに挑戦します。
- 可能であれば、自分の声を録音して、ジョブズの話し方と比べてみましょう。改善点が見つかりやすくなります。
この4つのステップを順に行うことで、リスニング、リーディング、スピーキングという英語の総合的なスキルをバランス良く鍛えることができます。何よりも、感動的なスピーチを教材にすることで、楽しみながら学習を続けられるのが最大のメリットです。ぜひ、伝説のスピーチをあなたの英語力向上のための強力なツールとして活用してみてください。
まとめ
この記事では、スティーブ・ジョブズが残した不朽の名言「Stay hungry, Stay foolish」について、その真の意味から由来、そしてそれが語られた伝説的なスピーチの全容まで、多角的に深く掘り下げてきました。
改めて、この言葉が持つ核心的なメッセージを振り返ってみましょう。
- Stay hungry: 現状の成功や知識に決して満足せず、常に成長や学び、そして新たな挑戦を渇望し続ける姿勢。
- Stay foolish: 常識や既成概念、他人の評価といった枠にとらわれず、時には「愚か者」と見られることを恐れずに、自分の直感と信念に従って大胆に行動する勇気。
この二つの哲学は、ジョブズが引用したカウンターカルチャーの雑誌『全地球カタログ』の精神を受け継ぎ、彼自身の波乱万丈な人生――大学中退、Appleからの追放、そして死との直面――を経て、揺るぎない説得力を持つに至りました。
スタンフォード大学のスピーチで語られた3つの物語は、この哲学を裏付ける力強い証拠です。
- 「点と点をつなげる」話は、一見無駄に思える経験も未来への布石になると信じ、好奇心に従うことの重要性を教えてくれます。
- 「愛と敗北」の話は、いかなる逆境にあっても、心から愛することを見つけ、それをやり続ける情熱こそが再起の原動力となることを示しています。
- 「死」の話は、時間の有限性を意識することで、他人の期待から解放され、本当に大切なこと、つまり自分の心の声に従って生きる勇気が湧いてくることを明らかにしました。
「Stay hungry, Stay foolish」は、単なるキャッチーなフレーズではありません。それは、変化の激しい時代において、自分自身の人生を主体的に、そして創造的に生き抜くための、普遍的な行動指針です。この言葉は、私たち一人ひとりに対して、安住することなく常に学び、常識を疑い、失敗を恐れずに挑戦し続けることの価値を問いかけています。
あなたが今、キャリアの岐路に立っているのか、新しい挑戦を始めようとしているのか、あるいは日々の生活に何らかの閉塞感を抱いているのかにかかわらず、ジョブズの言葉は強力なインスピレーションを与えてくれるはずです。
最後に、彼が卒業生に贈った願いを、改めて私たち自身の心にも刻み込みましょう。
Stay hungry. Stay foolish.
この言葉を胸に、あなた自身の「点」を打ち、心から愛せるものを探し、内なる声に耳を傾ける旅を、今日から始めてみてはいかがでしょうか。