FX(外国為替証拠金取引)の取引手法の一つに「両建て」があります。これは、同じ通貨ペアで「買い」と「売り」のポジションを同時に保有する戦略を指します。一見すると、利益と損失が相殺されて意味がないように思えるこの手法ですが、使い方によってはリスクヘッジや利益確保の手段となり得ます。
しかし、この両建てはFX会社によっては禁止されているケースがあり、「なぜ禁止なの?」「どんな時に使えるの?」といった疑問を持つトレーダーも少なくありません。特に、海外FX業者で一般的なゼロカットシステムと組み合わせた悪用が問題視されるなど、両建てには複雑な側面が存在します。
この記事では、FXにおける両建ての基本的な仕組みから、なぜ禁止されることがあるのか、その具体的な理由を徹底的に解説します。さらに、両建てが持つメリット・デメリット、実践的な使い方、そして両建てに適したFX会社の選び方まで、網羅的に掘り下げていきます。
この記事を最後まで読めば、両建てという手法を正しく理解し、自身のトレード戦略に活かすべきかどうかを判断できるようになるでしょう。
目次
FXにおける両建てとは
FXにおける「両建て」とは、同一の通貨ペアに対して、「買い(ロング)」ポジションと「売り(ショート)」ポジションを同時に保有することを指します。例えば、米ドル/円(USD/JPY)の通貨ペアで、1ドル=150円の時に1ロットの買いポジションを持つと同時に、1ロットの売りポジションも保有している状態が両建てです。
この状態では、為替レートが上昇しても下落しても、一方のポジションで得られる利益がもう一方のポジションの損失によって相殺されるため、口座全体の損益は実質的に固定されます。
両建ての基本的な仕組み
両建ての仕組みは、損益の固定化にあります。具体例で見てみましょう。
【例】米ドル/円(USD/JPY)を1ロット(10万通貨)で両建てする場合
- ポジション構築
- 1ドル=150.00円の時に、1ロットの「買い」ポジションを保有。
- 同時に、1ドル=150.00円の時に、1ロットの「売り」ポジションを保有。
- 為替レートが変動した場合(1ドル=151.00円に上昇)
- 買いポジションの損益: (151.00円 – 150.00円) × 10万通貨 = +100,000円の利益
- 売りポジションの損益: (150.00円 – 151.00円) × 10万通貨 = -100,000円の損失
- 合計損益: +100,000円 + (-100,000円) = 0円
- 為替レートが変動した場合(1ドル=149.00円に下落)
- 買いポジションの損益: (149.00円 – 150.00円) × 10万通貨 = -100,000円の損失
- 売りポジションの損益: (150.00円 – 149.00円) × 10万通貨 = +100,000円の利益
- 合計損益: -100,000円 + (+100,000円) = 0円
このように、両建てを行うと、為替レートがどちらに動いても損益の合計は変動しません(実際にはスプレッドやスワップポイントの影響を受けます)。この特性を利用して、トレーダーは様々な戦略を立てます。
なぜ両建てを行うのか?
損益が固定されるなら、なぜわざわざ両建てを行うのでしょうか。その主な目的は以下の通りです。
- リスクヘッジ(つなぎ売り・つないまぎ買い): 例えば、長期的に上昇すると考えて買いポジションを保有しているものの、短期的な下落が予想される場合に、一時的に売りポジションを建てることで下落リスクを回避します。これにより、長期的なポジションを手放すことなく、短期的な損失を防ぐことができます。
- 含み損の拡大防止: ポジションが含み損を抱え、相場の方向性も読めない状況で、これ以上の損失拡大を一時的に止めるために利用されます。「損切り」はしたくないが、リスクは限定したい、という心理的な状況で選択されることがあります。
- スワップポイント狙い: 異なるFX会社や通貨ペアを組み合わせ、為替変動リスクを相殺しつつ、金利差から得られるスワップポイントの差益だけを狙う戦略です。ただし、これは高度な知識と注意が必要な手法です。
両建て時の必要証拠金
両建てを行う際に注意すべきなのが「必要証拠金」の計算方法です。これはFX会社によって異なり、主に2つの方式があります。
証拠金計算方式 | 概要 | 特徴 |
---|---|---|
MAX方式 | 買いポジションと売りポジションのうち、取引数量が多い方のポジションの証拠金のみが必要となる方式。 | 多くの国内FX会社で採用。両建てしても追加の証拠金が不要なため、資金効率が良い。 |
両建て方式 | 買いポジションと売りポジションの両方の証拠金が必要となる方式。 | 一部のFX会社や、CFD取引などで見られる。両建てすると必要証拠金が2倍になるため、資金効率が悪い。 |
例えば、1ロットの買いポジション(必要証拠金6万円)を持っている状態で、1ロットの売りポジションを追加する場合、MAX方式のFX会社なら追加の証拠金は0円ですが、両建て方式の場合はさらに6万円、合計12万円の証拠金が必要になります。
多くの国内FX会社はMAX方式を採用しているため、同一口座内での両建ては比較的行いやすいと言えます。しかし、自分が利用しているFX会社のルールを事前に確認することは非常に重要です。
総じて、両建ては単にポジションを相殺するだけの行為ではなく、相場の不確実性に対応するための時間稼ぎや、特定の収益機会を狙うための戦略的ツールとしての一面を持っています。しかし、その利用にはコストやリスクも伴うため、次の章で詳しく解説する「禁止ルール」やデメリットを十分に理解した上で活用を検討する必要があります。
FXの両建ては禁止されている?
「FXの両建ては禁止」という話を耳にすることがありますが、これは必ずしも全てのケースに当てはまるわけではありません。両建てが許可されるケースと、明確に禁止されるケースが存在します。この違いを正しく理解しないまま取引を行うと、意図せず規約違反を犯してしまうリスクがあるため、注意が必要です。
【許可】同一口座内での両建ては原則OK
まず基本的なルールとして、多くのFX会社では、同一のFX会社、かつ同一の口座内で行う両建ては原則として許可されています。
これは、トレーダーの取引戦略の自由度を尊重しているためです。前述した「つなぎ売り」のようなリスクヘッジ手法は、トレーダーにとって有効な戦略の一つとなり得ます。FX会社としても、顧客が取引を継続してくれることはスプレッド収益に繋がるため、合理的な範囲での両建てを認めているのが一般的です。
実際に、GMOクリック証券やDMM FX、外為どっとコムといった日本の主要なFX会社の公式サイトや取引ルール説明書には、両建て取引が可能であることが明記されています。
ただし、「許可されている」からといって、無条件に推奨されるわけではありません。FX会社によっては、両建て取引に関する注意喚起を行っている場合もあります。例えば、経済指標発表時などスプレッドが急拡大するタイミングでは、両建てしていても証拠金維持率が急激に低下し、ロスカットされるリスクがあることなどが指摘されています。
したがって、「同一口座内の両建てはルール上は問題ないが、リスク管理は自己責任」というのが基本的なスタンスとなります。
【禁止】複数業者間・複数口座での両建て
一方で、明確に禁止されているのが、「異なるFX業者間」または「同一FX業者内の複数口座間」を利用した両建てです。
これは、多くのFX会社が利用規約で禁止行為として定めています。なぜなら、この種の両建ては、FX会社のシステム上の盲点を突いた、極めて悪質な取引に繋がる可能性があるからです。
【禁止される両建ての具体例】
- A社でドル/円の買いポジション、B社でドル/円の売りポジションを同時に保有する。
- C社の口座Xでユーロ/円の買いポジション、同じC社の口座Yでユーロ/円の売りポジションを同時に保有する。
このような行為は、特に海外FX業者が提供する「ゼロカットシステム」を悪用する目的で行われることが多く、FX会社に一方的な損失を与える可能性があるため、厳しく禁じられています。この仕組みについては、次の章で詳しく解説します。
もし禁止されている両建てが発覚した場合、利益の取り消し、口座の強制解約(凍結)、出金の拒否といった非常に厳しいペナルティが科される可能性があります。一度このようなペナルティを受けると、そのFX会社グループでは二度と口座を開設できなくなることもあります。軽い気持ちで行うと、取り返しのつかない事態になりかねないため、絶対に避けるべきです。
国内FXと海外FXのルールの違い
両建てに関するルールは、国内FX業者と海外FX業者で若干ニュアンスが異なります。その背景には「追証」と「ゼロカットシステム」の有無が大きく関係しています。
項目 | 国内FX業者 | 海外FX業者 |
---|---|---|
基本的な両建てルール | 同一口座内は許可。複数業者・複数口座間は禁止。 | 同一口座内は許可されることが多い。複数業者・複数口座間は厳格に禁止。 |
追証(追加証拠金) | あり | なし(ゼロカットシステム) |
禁止の背景 | カバー取引への影響、投資家保護が主。 | ゼロカットシステムの悪用防止が最大の理由。 |
違反時のペナルティ | 口座凍結、取引停止など。 | 利益没収、出金拒否、口座凍結など、より厳しい傾向。 |
国内FX業者の場合
日本の金融商品取引法では、顧客の損失をFX会社が補填することは禁止されています。そのため、相場の急変動で口座残高がマイナスになった場合、顧客は「追証(追加証拠金)」を支払う義務があります。この仕組みがあるため、仮に複数業者間で両建てを行っても、片方で利益が出ればもう片方では同額の損失(追証)が発生するため、トレーダー側に大きなメリットはなく、悪用されにくい構造になっています。それでも規約で禁止しているのは、後述するカバー取引への影響や、経済的合理性のない取引から投資家を保護する観点などが理由です。
海外FX業者の場合
多くの海外FX業者は「ゼロカットシステム」を採用しています。これは、相場の急変動で口座残高がマイナスになっても、そのマイナス分をFX業者が負担してくれるため、顧客は追証を支払う必要がないという画期的なシステムです。顧客にとっては入金額以上の損失を被るリスクがないという大きなメリットがあります。
しかし、このゼロカットシステムを悪用した複数業者間の両建ては、海外FX業者にとって致命的なリスクとなります。そのため、海外FX業者はこの種の両建てに対して国内業者以上に敏感であり、非常に厳しいルールを設けています。
結論として、「両建てが禁止」という言葉は、主に「ゼロカットシステムを悪用できる複数業者・複数口座間の両建て」を指していると理解するのが適切です。自身の取引がどのケースに該当するのかを正確に把握し、意図せぬ規約違反を犯さないよう、細心の注意を払いましょう。
FX業者が両建てを禁止する主な理由
なぜFX業者は、特に複数業者をまたいだ両建てを厳しく禁止するのでしょうか。その背景には、FX会社のビジネスモデルやリスク管理に関わる、いくつかの重要な理由が存在します。これらの理由を理解することは、FX市場の健全性を保つ上でなぜルールが必要なのかを知ることに繋がります。
ゼロカットシステムの悪用を防ぐため
海外FX業者が両建てを禁止する最大の理由は、ゼロカットシステムの悪用を防ぐためです。
まず、「ゼロカットシステム」について改めて整理します。これは、顧客の口座残高が証拠金を上回る損失を出してマイナスになった場合、そのマイナス分をFX業者が補填し、口座残高をゼロに戻してくれる仕組みです。トレーダーは入金額以上の損失を被ることがないため、非常に手厚い顧客保護システムと言えます。
しかし、このシステムは悪意を持ったトレーダーに悪用されるリスクをはらんでいます。以下に、複数業者間での両建てによる悪用シナリオを示します。
【ゼロカットシステム悪用のシナリオ】
- 準備: トレーダーが、ゼロカットシステムを採用しているA社とB社の両方に口座を開設し、それぞれに10万円を入金します。
- 両建て実行: 米国の雇用統計など、相場が大きく動くことが予想される経済指標の発表直前に、以下のポジションを同時に建てます。
- A社の口座: 米ドル/円を全力で買い(ロング)
- B社の口座: 米ドル/円を全力で売り(ショート)
- 相場の急騰: 経済指標の結果を受け、為替レートが予想以上に急騰したとします。
- A社の口座(買い): 大きな利益が発生します。レバレッジを効かせているため、利益は数十万円〜数百万円になる可能性があります。
- B社の口座(売り): 大きな損失が発生し、強制ロスカットされます。口座残高はマイナスになりますが、ゼロカットシステムが発動するため、損失は入金額の10万円に限定されます。追証は発生しません。
- 結果: トレーダーは、B社での損失を10万円に抑えつつ、A社で大きな利益を手にすることができます。為替レートが急落した場合は、この逆のことが起こります。
このように、トレーダーは相場がどちらに動いても、損失を限定しながら、利益だけを青天井で狙うことができてしまいます。このとき、B社が負担したマイナス分は、そのままB社の損失となります。つまり、トレーダーの利益は、FX業者の損失の上に成り立っているのです。
このような取引が横行すれば、FX会社の経営は成り立ちません。そのため、FX会社は自衛策として、複数業者間や複数口座間での両建てを規約で厳しく禁止し、違反者には口座凍結や利益没収といった厳しい措置を取っているのです。
投資家保護のため(経済的合理性がない)
両建て、特に意図や戦略が不明確な両建ては、トレーダーにとって経済的に不利益となる可能性が高い取引です。FX会社が両建てを非推奨としたり、一部禁止したりする背景には、このような「投資家保護」の観点も含まれています。
両建てが経済的に合理的でないとされる主な理由は以下の通りです。
- 二重のコスト: 両建てを行うには、買いポジションと売りポジションの両方でスプレッド(売値と買値の差)という取引コストが発生します。ポジションを建てた瞬間に、スプレッド2回分のマイナスからスタートすることになり、通常の取引よりも不利な状況になります。
- マイナススワップの累積: 多くの通貨ペアでは、買いスワップ(受け取り)と売りスワップ(支払い)の合計はマイナスになります。つまり、両建てポジションを長期間保有し続けると、為替差損益は固定されていても、スワップポイントの支払いが日々累積し、じわじわと損失が膨らんでいきます。
- 出口戦略の複雑さ: 両建てはポジションを解消する(決済する)タイミングが非常に難しいという問題があります。片方のポジションだけを決済すると、残ったポジションが相場の逆方向に動いた場合に損失が拡大するリスクがあります。かといって両方同時に決済すると、コスト分がそのまま損失として確定します。この判断の難しさが、結果的にトレーダーを不利な状況に追い込みがちです。
こうした理由から、金融庁の監督下にある国内FX会社などは、顧客が不利益を被る可能性のある取引を積極的に推奨しないというスタンスを取っています。安易な両建ては、問題を先送りにするだけで根本的な解決にならず、むしろコストがかさむだけの「塩漬け」状態を助長しかねません。これも、両建てに慎重な姿勢を示す理由の一つです。
FX会社のカバー取引に影響するため
FX会社のビジネスモデル、特に顧客からの注文をどう処理するかという「カバー取引」の観点からも、両建ては好ましくないとされる場合があります。
多くのFX会社(特にDD方式を採用する会社)は、顧客から受けた注文を一旦自社で引き受けます。そして、自社のポジションが偏ってリスクが大きくなった場合、そのリスクをヘッジするために、銀行などの金融機関(カバー先)と反対の取引(カバー取引)を行います。
ここで顧客が両建てを行うと、FX会社から見れば、同一顧客から買い注文と売り注文が同時に出ていることになります。これらの注文は社内で相殺されるため、FX会社がカバー先に注文を出す必要がなくなります。
一見すると問題ないように思えますが、FX会社によっては、カバー取引を通じて収益を得るビジネスモデルを構築している場合があります。顧客の両建てによってカバー取引の機会が減少することは、FX会社の収益機会の損失に繋がる可能性があります。
また、多数の顧客が複雑な両建てを行うと、FX会社全体のリスク管理が煩雑になるという側面もあります。こうした経営上の理由から、会社の方針として両建てを制限したり、非推奨としたりすることがあるのです。
これらの理由、特にゼロカットシステムの悪用防止は、トレーダーが絶対に理解しておくべき最も重要なポイントです。規約違反は自身の資産を失うリスクに直結するため、ルールの範囲内で取引を行うことを徹底しましょう。
FXで両建てをする4つのメリット
両建てにはリスクや禁止ルールがある一方で、戦略的に活用することでトレーダーにメリットをもたらす側面もあります。なぜ熟練したトレーダーの中には、この手法を駆使する人がいるのでしょうか。ここでは、FXで両建てを行う主な4つのメリットについて、具体的な活用シーンと共に詳しく解説します。
① 為替変動による損失拡大を一時的に防げる
両建ての最大のメリットは、含み損を抱えたポジションの損失拡大を一時的に食い止め、損益を固定できる点にあります。
FX取引では、予期せぬ相場の急変動により、保有しているポジションが大きな含み損を抱えてしまうことがあります。このような状況で、多くのトレーダーは「損切り」をするべきか、それとも相場の反転を待つべきか、という難しい判断を迫られます。
- 損切り: 損失を確定させ、資金を次のトレードに回すことができますが、「もう少し待てば回復したかもしれない」という後悔(サンクコスト)に繋がりやすいです。
- 塩漬け: 損切りできずにポジションを持ち続けると、さらに損失が拡大し、最終的に強制ロスカットに至るリスクがあります。
ここで「両建て」という第三の選択肢が浮上します。含み損を抱えているポジション(例:買いポジション)に対して、同量の反対ポジション(売りポジション)を建てることで、その時点での損益が固定されます。これにより、「これ以上、損失は拡大しない」という状況を作り出すことができます。
【具体例:つなぎ売り】
長期的な視点ではドル/円は上昇すると考え、1ドル=155円で買いポジションを保有していたとします。しかし、重要な経済指標の発表を控え、短期的には円高(下落)に振れるリスクが高いと判断しました。
この時、買いポジションを決済(損切り)するのではなく、新たに売りポジションを建てる「つなぎ売り」を行います。もし予想通り相場が152円まで下落した場合、売りポジションで利益を出し、買いポジションの含み損を相殺できます。そして、相場が落ち着き、再び上昇トレンドに戻ると判断したタイミングで売りポジションを決済すれば、元の買いポジションの利益を追求し続けることができます。
このように、両建ては損失を確定させることなく、冷静に相場を分析し、次の戦略を練るための「時間稼ぎ」として機能する非常に有効なリスク管理手法となり得ます。
② スワップポイントで利益を狙える
両建ては、為替差益を狙うだけでなく、2つのポジション間のスワップポイント(金利差調整分)の差額を利益として得るためにも利用できます。
スワップポイントは、高金利通貨を買って低金利通貨を売るとプラス(受け取り)になり、その逆を行うとマイナス(支払い)になります。通常、同じFX会社で同じ通貨ペアを両建てすると、支払うスワップの方が受け取るスワップよりも大きく設定されているため、合計はマイナスになります。
しかし、この戦略では、異なるFX会社や、異なる通貨ペアを巧妙に組み合わせることで、為替変動のリスクを極力抑えながら、スワップポイントの差益だけを安定的に積み上げることを目指します。
【具体例:異業者間でのスワップアービトラージ】
- A社: メキシコペソ/円の買いスワップが非常に高い。
- B社: メキシコペソ/円の売りスワップの支払いが比較的小さい。
この場合、A社でメキシコペソ/円を買い、B社で同量のメキシコペソ/円を売ることで、為替変動のリスクは相殺されます。そして、A社で受け取るスワップからB社で支払うスワップを差し引いた差額が、日々の利益となります。
【注意点】
この手法は、複数業者間での両建てに該当するため、多くのFX会社で規約違反となる可能性が極めて高いです。発覚すれば口座凍結などのペナルティを受けるリスクがあるため、安易に実行することは絶対に避けるべきです。あくまで理論上の一つの手法として理解するに留め、実行する際は利用するFX会社の規約を綿密に確認し、許可されている範囲内で行う必要があります。
③ 精神的な安心感が得られる
トレードにおける精神的な安定は、長期的に市場で生き残るために非常に重要な要素です。含み損が刻一刻と拡大していく状況は、トレーダーに大きなストレスと焦りをもたらし、冷静な判断を妨げます。
「早く損を取り返したい」という焦りから、無謀なナンピンを繰り返したり、本来のルールを無視したギャンブル的なトレードに手を出してしまったりするケースは少なくありません。
このような精神的に追い詰められた状況において、両建ては「これ以上は悪化しない」というセーフティネットとして機能し、精神的な安心感を与えてくれます。損益が固定されることで、一旦マーケットから心理的に距離を置くことが可能になります。
この「時間的・精神的な猶予」が生まれることで、トレーダーはパニック状態から脱し、冷静に自分のポジションや相場環境を再評価できます。
- なぜこのポジションは含み損になったのか?
- 今後の相場はどう動くと予測されるか?
- どのタイミングで両建てを解除し、どのポジションを決済すべきか?
このように、冷静な頭で戦略を再構築するための貴重な時間を得られる点は、両建ての持つ大きな心理的メリットと言えるでしょう。
④ 年末の利益調整(節税)に活用できる
FXの利益は、原則として「雑所得」として課税対象となります。年間の利益が大きくなると、その分だけ納める税金も増えます。この税金額をコントロールする手段として、両建てが活用されることがあります。
【具体例:利益の繰り延べ】
ある年の12月時点で、FX取引で年間200万円の利益が確定しているとします。さらに、現在保有しているポジションに50万円の含み益があるとします。
この含み益のあるポジションを年内に決済してしまうと、その年の利益は250万円となり、課税対象額が増えてしまいます。そこで、このポジションを決済する代わりに、反対売買のポジションを建てて両建てにします。
これにより、含み益は50万円のまま固定され、利益が確定するのは翌年以降に持ち越されます。そして、年が明けた1月に両方のポジションを決済すれば、この50万円の利益は翌年分の利益として計上されることになります。
このように、両建てを利用することで、利益を確定させるタイミングを意図的に翌年以降にずらし、その年の課税所得を調整する(繰り延べる)ことが可能です。これは合法的な節税対策の一つとして知られていますが、税法は複雑であり、解釈が変更される可能性もあります。
この手法を検討する際は、必ず事前に税理士や税務署などの専門家に相談し、適切なアドバイスを受けるようにしてください。
FXで両建てをする4つのデメリットと注意点
両建ては戦略的に使えばメリットがある一方で、多くのトレーダー、特に初心者にとってはデメリットの方が大きい場合が少なくありません。安易な両建ては、かえって状況を悪化させる危険性をはらんでいます。ここでは、両建てを行う際に必ず理解しておくべき4つの主要なデメリットと注意点を解説します。
① 取引コストが二重にかかる
両建てを行う上で最も基本的かつ避けられないデメリットは、取引コストが2倍になることです。
FX取引では、ポジションを建てる際に「スプレッド」と呼ばれる売値(Bid)と買値(Ask)の差額が、実質的な取引コストとして発生します。両建ては、買いポジションと売りポジションの2つの取引を同時に行うため、このスプレッドも2回分支払う必要があります。
【具体例】
米ドル/円のスプレッドが0.2銭のFX会社で取引する場合を考えます。
- 通常の取引: 1ロットの買いポジションを建てて決済する場合、発生するスプレッドコストは1回分です。
- 両建て: 1ロットの買いポジションと1ロットの売りポジションを建てると、その時点でスプレッドを2回分支払ったことになり、ポジションを保有した瞬間に「スプレッド×2」のマイナスからスタートします。
このコストは、両建てを解除して利益を出すためには、乗り越えなければならないハードルとなります。特に、スキャルピングのように小さな利益を狙う取引スタイルにおいて、この二重のコストは致命的なハンデキャップとなり得ます。両建ては、問題を先送りする代償として、確実にコストを支払い続ける行為であると認識しておく必要があります。
② スプレッド拡大時にロスカットされやすい
両建ては損益を固定する効果がありますが、証拠金維持率の観点からはリスクが増大する場合があります。特に注意が必要なのが、スプレッドが急拡大するタイミングです。
両建てを行っている状態では、2つのポジションを保有しているため、通常時よりも多くの証拠金が拘束されます(MAX方式の場合でも、評価損益の変動により有効証拠金は減少します)。これにより、証拠金維持率は平常時よりも低い水準になりがちです。
FX市場では、以下のようなタイミングでスプレッドが通常時の数倍〜数十倍に拡大することがあります。
- 早朝(日本時間): 市場参加者が少なく、流動性が低下するため。
- 重要な経済指標の発表前後: 米雇用統計、各国政策金利発表など。
- 週末や年末年始: 市場が閉まる前後や、休日をまたぐタイミング。
- 予期せぬ要人発言や地政学リスクの発生時
スプレッドが拡大すると、ポジションの評価額が一時的に大きく悪化します。買いポジションの評価額はスプレッドの拡大分だけ下がり、売りポジションの評価額も同様に下がります。この結果、有効証拠金が急減し、証拠金維持率がFX会社の定めるロスカット水準を下回り、意図せず両方のポジションが強制決済(ロスカット)されてしまうリスクがあります。
「損益を固定しているから安心」と考えていても、スプレッドの拡大によって大きな損失が確定してしまう可能性があるのです。これは両建ての隠れた重大なリスクであり、特にレバレッジを高くかけている場合は細心の注意が必要です。
③ マイナススワップで損失が出る恐れがある
両建てポジションを長期間保有する場合、日々発生するスワップポイントが累積し、じわじわと損失を拡大させる可能性があります。
多くのFX会社では、同一通貨ペアの買いスワップ(受け取り)と売りスワップ(支払い)の金額は対称ではありません。一般的に、支払いスワップの方が受け取りスワップよりも大きく設定されています。
【例】
- ある通貨ペアの買いスワップ: +200円/日
- 同じ通貨ペアの売りスワップ: -250円/日
- 両建て時の合計スワップ: +200円 – 250円 = -50円/日
この場合、両建てポジションを保有しているだけで、毎日50円ずつ損失が増え続けていくことになります。為替レートが動かないことで損益は固定されているように見えても、口座残高は着実に減少していくのです。
1日あたりはわずかな金額でも、1ヶ月(30日)で1,500円、1年(365日)で18,250円と、時間と共に無視できないコストになります。含み損を抱えたポジションを損切りしたくない一心で安易に両建てし、そのまま長期間放置してしまうと、スワップコストだけで大きな損失を被る可能性があります。これは、両建てが単なる「問題の先送り」に過ぎない場合があることを示す典型的な例です。
④ 決済のタイミングが難しく利益を伸ばしにくい
両建ては「建てる」ことよりも「解除する」ことの方がはるかに難しいと言われています。出口戦略が非常に複雑であり、判断を誤ると、かえって損失を拡大させたり、得られたはずの利益を逃したりする「機会損失」に繋がります。
両建てを解除するには、主に以下の3つの選択肢があります。
- 両方のポジションを同時に決済する: この場合、最初に支払ったスプレッド2回分と、保有期間中に累積したマイナススワップ分の損失が確定します。
- 利益が出ている方のポジションを決済し、損失が出ている方を残す: 相場が反転することを期待する戦略ですが、もし予想に反してトレンドが継続した場合、残したポジションの含み損が再び拡大し始めます。両建てで一時的に固定した意味がなくなってしまいます。
- 損失が出ている方のポジションを決済し、利益が出ている方を残す: 一見すると合理的に見えますが、これは実質的に「損切り」と同じ行為です。もし損切りを避けるために両建てをしたのであれば、本末転倒と言えます。
このように、どの選択肢を取るにしても難しい判断が伴います。この判断の難しさから、多くのトレーダーは最適なタイミングで動けず、結果的にポジションを塩漬けにしてしまいがちです。
両建ては、明確な出口戦略(いつ、どのような条件で、どのポジションを決済するのか)を事前に持っていない限り、トレーダーを迷路に誘い込み、最終的に不利な結果をもたらす可能性が高い、上級者向けのテクニックであることを肝に銘じる必要があります。
FXで使える両建ての主な手法3選
両建てはリスクが高い一方で、明確な目的と計画を持って利用すれば、強力な取引ツールとなり得ます。ここでは、単なる損失の先送りではない、より戦略的で実践的な両建ての活用手法を3つ紹介します。これらの手法は、いずれも相場の状況判断とリスク管理能力が求められるため、内容を十分に理解した上で検討してください。
① つなぎ売り・つなぎ買いでリスクを抑える
「つなぎ売り・つなぎ買い」は、両建てのメリットを活かした最も代表的で実用的な手法の一つです。これは、長期的な相場の方向性に対する見通しは変えずに、短期的な逆行リスクをヘッジする目的で行われます。
【つなぎ売りのシナリオ】
- 前提: あなたは、ファンダメンタルズ分析の結果、米ドル/円は今後数ヶ月にわたって上昇トレンドが続くと予測しています。そのため、1ドル=150円で長期保有目的の買い(ロング)ポジションを持っています。
- 短期的なリスク: しかし、来週に発表される米国の雇用統計の結果次第では、一時的に急激な円高(下落)が進む可能性があると懸念しています。
- つなぎ売りの実行: 長期的な買いポジションは保有したまま、雇用統計の発表前に、短期的なヘッジとして売り(ショート)ポジションを建てます。
- 結果①(予想通り下落した場合): 雇用統計の結果を受けて相場が148円まで下落しました。長期の買いポジションには2円分の含み損が発生しますが、短期の売りポジションで2円分の利益が得られるため、この下落局面での損失を相殺できます。そして、相場が落ち着き、再び上昇トレンドに戻ると判断したタイミングで売りポジションを決済します。
- 結果②(予想に反して上昇した場合): 相場が152円まで上昇しました。この場合、ヘッジのための売りポジションで損失が出ますが、本命の買いポジションの利益がそれを上回ります。この時点で売りポジションを損切りすれば、機会損失を最小限に抑えつつ、本来のトレンドに乗ることができます。
この手法のポイントは、あくまでメインとなる長期ポジションを守りつつ、短期的なボラティリティから資産を守る「保険」として両建てを利用する点にあります。損切りを避けるための消極的な両建てとは異なり、明確な相場観に基づいた積極的なリスク管理手法と言えるでしょう。つなぎ買いは、この逆のシナリオ(長期的な下落トレンドの中での短期的な上昇リスクをヘッジ)で利用します。
② スワップポイント差益を狙う
これは、為替変動のリスクを両建てで相殺し、異なるポジション間で発生するスワップポイント(金利差)の差額だけを収益として狙う、非常に専門的な手法です。一般的に「スワップアービトラージ」や「異業者両建て」などと呼ばれます。
この戦略が成立するロジックは以下の通りです。
- FX会社によるスワップ差の発見: FX会社によって、同じ通貨ペアでも付与されるスワップポイントは異なります。特に、高金利通貨(メキシコペソ、南アフリカランドなど)では、その差が大きくなる傾向があります。
- 最適な組み合わせの選択:
- A社: トルコリラ/円の買いスワップが業界最高水準。
- B社: トルコリラ/円の売りスワップの支払いが業界最安水準。
- 両建ての実行: A社でトルコリラ/円の買いポジションを建て、同時にB社で同量の売りポジションを建てます。
- 収益の発生: これにより、為替レートがどう動いても為替差損益はほぼゼロに固定されます。一方で、スワップポイントは「A社の受け取りスワップ – B社の支払いスワップ」の差額分がプラスになり、この差益が毎日口座に蓄積されていきます。
【極めて重要な注意点】
この手法は、2つの異なるFX業者にまたがって両建てを行うため、前述の通り、ほぼ全てのFX会社で利用規約違反となります。発覚した場合は、利益の没収や口座凍結といった厳しいペナルティが科されるリスクが極めて高いです。
一部のFX業者では、同一業者内の複数口座での両建てを許可している場合があり、その範囲内でスワップ差を狙う戦略も理論上は考えられますが、非常に稀なケースです。
したがって、この手法は理論上の知識として留めておくべきであり、実践を推奨するものではありません。もし興味がある場合でも、FX会社の規約を文字通り一言一句確認し、サポートデスクに問い合わせるなど、最大限の注意を払う必要があります。
③ 経済指標発表時の急変動に備える
米国の雇用統計やFOMC(連邦公開市場委員会)の政策金利発表など、相場の方向性を大きく左右する重要な経済指標の発表時は、ボラティリティが極端に高まります。どちらか一方に大きく動く可能性が高いものの、その方向を事前に正確に予測することはプロでも困難です。
このような状況で、両建てを利用して利益を狙うハイリスク・ハイリターンな手法が存在します。
【手法の概要】
- 指標発表直前: 発表の数分前〜数秒前に、OCO注文(If Done OCO注文など)を利用して、現在のレートを挟んで買い指値と売り指値の注文を同時に設定するか、手動で両建てポジションを構築します。
- 価格の急騰/急落: 指標の結果が発表され、価格が一方向に大きく動きます。例えば、価格が急騰したとします。
- ポジションの処理:
- 買いポジション: 大きな利益が乗ります。
- 売りポジション: 大きな損失が発生しますが、事前に設定しておいた損切り注文(ストップロス)によって、損失を限定的な範囲に抑えます。
- 利益確定: 買いポジションは、トレンドがある程度進んだところで利益を確定させます。
この手法の狙いは、「損失を限定しつつ、大きな値動きによる利益を獲得する」ことです。しかし、この戦略は見た目以上に難易度が高く、以下の深刻なリスクを伴います。
- スプレッドの急拡大: 指標発表時はスプレッドが極端に広がるため、ポジションを持った瞬間に大きなマイナスを抱えることになります。
- スリッページ: 注文が殺到するため、指定した価格で約定せず、不利な価格で約定する「スリッページ」が頻繁に発生します。損切り注文も滑って、想定以上の損失を被る可能性があります。
- 往復ビンタ: 発表直後に一方向に動いた後、すぐに逆方向に全戻しするような荒い値動き(往復ビンタ)も珍しくありません。この場合、両方のポジションで損失を被る最悪のシナリオも考えられます。
この手法は、高度な注文方法の知識、高速な判断力、そして大きなリスクを許容できる資金力を持つ、ごく一部の上級者向けのギャンブルに近い戦略です。初心者が安易に手を出すと、一瞬で資金を失う可能性が高いため、絶対に真似しないようにしましょう。
両建て向きのFX口座を選ぶ際のポイント
両建てを自身の取引戦略の一つとして真剣に検討する場合、どのFX会社を選ぶかが非常に重要になります。FX会社ごとに両建てに関するルールや取引条件は大きく異なるため、自分の戦略に合った口座を選ぶことが成功の鍵を握ります。ここでは、両建てを前提とした場合にチェックすべき4つの重要なポイントを解説します。
両建てを公式に認めているか
これは最も基本的かつ重要な確認事項です。まず、利用を検討しているFX会社の公式サイトにある「よくある質問(FAQ)」、「取引ルール」、「契約締結前交付書面」などを隅々まで確認し、両建てに関する規定をチェックしましょう。
確認すべきポイントは以下の通りです。
- 同一口座内での両建ては可能か: ほとんどの国内FX会社では許可されていますが、念のため明文化されているかを確認します。
- 複数口座間での両建ては可能か: 同一FX会社内であっても、複数の口座を使った両建てを禁止している場合があります。海外FX業者では特に注意が必要です。
- 複数業者間での両建てに関する記述: ほぼ全ての業者で禁止されていますが、その禁止事項がどのように記載されているかを確認することで、その会社のスタンスを理解できます。
特に海外FX業者を利用する場合は、「同一口座内の両建ては許可するが、ゼロカットシステムを悪用した裁定取引と見なされる行為は禁止」といった、条件付きの許可となっているケースが多いため、規約の解釈に不安があれば、必ずカスタマーサポートに問い合わせて明確な回答を得ておくべきです。規約違反は即、口座凍結に繋がるため、この確認作業を怠ってはいけません。
スプレッドが狭いか
両建ては買いと売りの2つのポジションを建てるため、取引コストであるスプレッドが2倍かかります。そのため、スプレッドの広さは収益性に直接影響します。
例えば、スプレッドが1.0銭の会社と0.2銭の会社で両建てを行った場合、ポジションを建てた瞬間のコストはそれぞれ2.0銭と0.4銭となり、5倍もの差が生まれます。この差は、特に短期的なヘッジや決済を繰り返す戦略において、無視できない影響を与えます。
口座を選ぶ際は、以下の点をチェックしましょう。
- 主要通貨ペア(米ドル/円、ユーロ/円、ユーロ/ドルなど)のスプレッドが業界最狭水準であること。
- スプレッドが「原則固定」で提供されており、安定していること。(早朝や指標時など、例外的に拡大する時間帯も把握しておく)
- 自分が取引したい通貨ペアのスプレッドを確認すること。
スプレッドはFX会社の収益の源泉であり、各社が激しく競争している分野です。公式サイトで提示されている数値を比較検討し、できるだけコストを抑えられる会社を選びましょう。
スワップポイントのバランスが良いか
両建てポジションを数日から数週間にわたって保有する可能性がある場合、スワップポイントの影響を無視できません。前述の通り、多くのFX会社では、同じ通貨ペアを両建てすると、受け取りスワップよりも支払いスワップの方が大きいため、合計ではマイナスになります。
このマイナス幅が小さいほど、両建てポジションを保有し続ける際のコストを低く抑えることができます。
口座を選ぶ際は、公式サイトのスワップポイントカレンダーや一覧表を確認し、以下の点を比較検討しましょう。
- 買いスワップと売りスワップの差額が小さいか。(「スワップの対称性」が高いとも言われます)
- 自分が取引したい通貨ペアのスワップ条件が良いか。
- マイナススワップが極端に大きい会社は、長期の両建てには不向きです。
スワップポイントは日々変動するため、定期的にチェックすることが望ましいですが、口座選びの段階で各社の傾向を把握しておくことは重要です。スワップポイントを重視する会社と、スプレッドを重視する会社では特徴が異なるため、自分のトレードスタイルに合わせてバランスの取れた会社を選びましょう。
約定力が高いか
「約定力」とは、トレーダーが発注した注文が、意図した通りの価格とタイミングで成立する能力のことを指します。両建て、特にその解除(決済)においては、この約定力が極めて重要になります。
両建ての解除は、一瞬の判断が損益を大きく左右するシビアなタイミングで行われることが多いためです。
- スリッページ: 注文価格と実際に約定した価格のズレ。不利な方向へのスリッページは直接的な損失に繋がります。
- 約定拒否: 注文が通らず、取引機会そのものを逃してしまうこと。
約定力が低いFX会社では、相場が急変動している時にスリッページや約定拒否が多発し、「ヘッジのために建てたポジションを決済したいのにできない」「利益が出ているポジションを確定させたいのに滑って利益が減った」といった事態に陥りかねません。
約定力は公式サイトのスペック表だけでは判断しにくい要素ですが、以下のような点を参考にすることができます。
- 「約定率〇〇%」といった実績値を公開しているか。
- サーバーの安定性やシステムの強さをアピールしているか。
- 第三者機関による調査や、トレーダーからの口コミ・評判。
特に、経済指標発表時のような荒れ相場でも安定した取引ができると評判の会社は、高い約定力を持っている可能性が高いです。デモ口座で実際の使用感を試してみるのも良い方法です。
両建てにおすすめの国内FX会社3選
日本国内のFX会社は金融庁の厳しい規制下にあり、信頼性や安全性が高いのが特徴です。多くの会社で同一口座内の両建てが認められており、スプレッドの狭さやツールの使いやすさで競争しています。ここでは、前述の選定ポイントを踏まえ、両建てを検討するトレーダーにおすすめの国内FX会社を3社紹介します。
※下記の情報は2024年5月時点のものであり、最新の情報は各社の公式サイトで必ずご確認ください。
FX会社名 | スプレッド (USD/JPY) | スワップポイント | 両建ての可否 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
GMOクリック証券 | 0.2銭 (原則固定) | バランス型 | 可能 | 業界最狭水準スプレッド。高機能ツールと高い約定力。総合力No.1。 |
外為どっとコム | 0.2銭 (原則固定) | 高水準 | 可能 | 豊富な情報量と初心者向けコンテンツ。安定した取引環境。 |
DMM FX | 0.2銭 (原則固定) | バランス型 | 可能 | シンプルで使いやすいツール。LINEでのサポートが充実。初心者にも人気。 |
① GMOクリック証券
GMOクリック証券は、FX取引高世界第1位(※)の実績を誇る、国内最大手のFX会社の一つです。その最大の魅力は、業界最狭水準のスプレッドと、ツールの使いやすさ、そして高い約定力という総合力の高さにあります。
(※参照:Finance Magnates 2022年10月 FX/CFD年間取引高調査報告書)
- スプレッド: 米ドル/円0.2銭(原則固定)をはじめ、主要通貨ペアで非常に狭いスプレッドを提供しており、両建てのコストを最小限に抑えたいトレーダーにとって大きなメリットとなります。
- 約定力: 自社開発の強力なシステムにより、安定した約定能力を誇ります。スリッページが発生しにくく、両建ての解除といったシビアなタイミングでも安心して取引に臨めます。
- 取引ツール: PC用の「はっちゅう君FXプラス」や、高機能なスマホアプリは、直感的で操作性が高く、スピーディーな発注が可能です。両建てポジションの管理もしやすい設計になっています。
- 両建てルール: 同一口座内での両建ては公式に認められており、必要証拠金はMAX方式が採用されているため、資金効率も良いです。
コスト、安定性、操作性の全てにおいて高いレベルを求めるトレーダーにとって、GMOクリック証券は最適な選択肢の一つと言えるでしょう。
参照:GMOクリック証券 公式サイト
② 外為どっとコム
外為どっとコムは、1999年創業の老舗FX会社であり、特に投資家向けの豊富な情報コンテンツと安定した取引環境に定評があります。
- 情報力: 各分野の専門家によるレポートやオンラインセミナーが非常に充実しており、ファンダメンタルズ分析を重視するトレーダーから高く評価されています。両建てのタイミングを計る上で、質の高い情報は強力な武器となります。
- スプレッドとスワップ: スプレッドは米ドル/円0.2銭(原則固定)と競争力のある水準です。また、スワップポイントも比較的高水準で提供されることが多く、スワップを意識した取引にも向いています。
- 安定したシステム: 長年の運営実績に裏打ちされた堅牢なシステムは、約定の安定性にも繋がっています。初心者から上級者まで、安心して取引できる環境が整っています。
- 両建てルール: 同一口座内での両建てが可能で、MAX方式を採用しています。
取引コストを抑えつつ、質の高い情報を活用して戦略的に両建てを行いたいトレーダーに特におすすめです。特に、経済動向を分析しながら「つなぎ売り・つなぎ買い」を検討する際には、外為どっとコムの情報力が役立つでしょう。
参照:外為どっとコム 公式サイト
③ DMM FX
DMM FXは、初心者からの人気が非常に高く、口座数も国内トップクラスを誇るFX会社です。シンプルで分かりやすい取引ツールと、手厚いサポート体制が大きな特徴です。
- 使いやすいツール: PC版、スマホ版ともに、取引に必要な機能がシンプルにまとめられており、直感的な操作が可能です。複雑な設定が苦手な方でも、スムーズに両建ての発注や管理ができます。
- スプレッド: 全21通貨ペアで業界最狭水準のスプレッドを提供しており、コスト意識の高いトレーダーのニーズに応えています。
- サポート体制: FX業界では珍しいLINEでの問い合わせに対応しており、平日24時間、気軽に質問できる環境が整っています。両建てのルールなど、不明な点があればすぐに確認できるのは大きな安心材料です。
- 両建てルール: もちろん同一口座内での両建ては可能で、MAX方式が採用されています。
これからFXを始める方や、複雑なツールは苦手だけど両建てという手法にも興味がある、という方に最適なFX会社です。使いやすさとコストのバランスが良く、安心して取引キャリアをスタートできます。
参照:DMM FX 公式サイト
両建てにおすすめの海外FX会社3選
海外FX業者は、ハイレバレッジやゼロカットシステム、豪華なボーナスといった国内業者にはない魅力があります。両建てに関しても、同一口座内であれば許可している業者が多いですが、複数業者間での両建ては厳禁です。ここでは、規約で同一口座内の両建てを明確に認めており、信頼性も高い海外FX業者を3社紹介します。
※下記の情報は2024年5月時点のものです。海外FX業者の利用は日本の金融庁の認可外であり、リスクを十分に理解した上で行ってください。
FX会社名 | 最大レバレッジ | ゼロカットシステム | 両建ての可否 | 特徴 |
---|---|---|---|---|
XMTrading | 1,000倍 | あり | 同一口座内のみ可能 | 日本での知名度No.1。豊富なボーナスと安定した取引環境。 |
Exness | 無制限(条件あり) | あり | 同一口座内のみ可能 | 無制限レバレッジとロスカット水準0%。スプレッドが極狭。 |
AXIORY | 1,000倍 | あり | 同一口座内のみ可能 | 高い約定力と透明性。信託保全による高い安全性。 |
① XMTrading
XMTrading(エックスエムトレーディング)は、日本で最も知名度と人気が高い海外FX業者と言っても過言ではありません。長年の運営実績と、手厚い日本語サポートで、多くの日本人トレーダーに利用されています。
- 両建てルール: 公式サイトのFAQで「同一口座内での両建ては許可」と明記されています。ただし、複数の口座や複数の業者を利用した両建ては禁止されているため、注意が必要です。
- 豊富なボーナス: 口座開設ボーナスや入金ボーナスが非常に豪華で、受け取ったボーナスを証拠金として利用できます。これにより、自己資金を抑えつつ、証拠金維持率に余裕を持たせた両建て取引が可能になります。
- ゼロカットシステム: 追証のリスクがないため、万が一の相場急変時でも入金額以上の損失を被ることはありません。
- 安定性: 8つの金融ライセンスを保有し、世界中でサービスを展開。約定力も高く評価されており、安定した取引環境を提供しています。
豊富なボーナスを活用して有利に両建てを始めたいトレーダーや、海外FXが初めてで信頼性の高い業者を選びたい方に最適です。
参照:XMTrading 公式サイト
② Exness
Exness(エクスネス)は、「無制限レバレッジ」と「ロスカット水準0%」という業界でも異色のスペックを誇る、急成長中の海外FX業者です。
- 両建てルール: 同一口座内での両建ては許可されています。複数口座・業者間の両建ては禁止です。
- 無制限レバレッジ: 一定の条件を満たすことで、レバレッジを無制限に設定できます。これにより、極めて少ない証拠金で大きなポジションを持つことが可能になります。(ただしリスク管理は徹底必須)
- ロスカット水準0%: 証拠金維持率が0%になるまでポジションが強制決済されないため、ギリギリまで耐えることができます。両建て中にスプレッドが拡大しても、他の業者よりロスカットされにくいというメリットがあります。
- 極狭スプレッド: 「プロ口座」や「ゼロ口座」といった口座タイプでは、スプレッドが非常に狭く、取引コストを大幅に削減できます。両建てのコストデメリットを軽減したい場合に有効です。
スプレッドコストを極限まで抑えたい上級者や、独自の高いスペックを活かしたダイナミックな両建て戦略を試みたいトレーダーにおすすめです。
参照:Exness 公式サイト
③ AXIORY
AXIORY(アキシオリー)は、「約定力の高さ」と「取引の透明性」を徹底的に追求していることで知られる、信頼性の高い海外FX業者です。
- 両建てルール: 同一口座内での両建ては許可されています。AXIORYも複数業者間の両建ては禁止しています。
- cTraderの提供: 高度な分析や高速注文が可能なプラットフォーム「cTrader」を利用できます。両建てのような複雑な戦略を実行する上で、強力なツールとなります。
- 高い透明性と安全性: 顧客の注文をどのように処理しているかを公開するなど、取引の透明性を重視しています。また、顧客資金は分別管理の上、信託保全の対象となっているため、万が一の際も資産が保護されます。
- 優れた約定力: 第三者機関による監査を受けた約定実績を公開しており、スリッページが少なく、意図した通りの取引がしやすい環境です。
約定の質や取引の公平性を最優先し、安心して両建て戦略に集中したいトレーダーに最適な業者です。特に、重要な経済指標発表時など、相場が荒れやすい状況でヘッジ目的の両建てを行う際に、その真価を発揮するでしょう。
参照:AXIORY 公式サイト
FXの両建てに関するよくある質問
ここまで両建てについて詳しく解説してきましたが、まだいくつか疑問が残っているかもしれません。この章では、FXの両建てに関してトレーダーから寄せられることが多い質問について、Q&A形式で分かりやすくお答えします。
禁止されている両建てが発覚したらどうなりますか?
A. 非常に厳しいペナルティが科せられます。
FX会社が利用規約で禁止している複数業者間・複数口座間での両建てが発覚した場合、その代償は非常に大きいです。具体的には、以下のような措置が取られることが一般的です。
- 利益の全額没収: 不正な取引によって得られたと判断された利益は、全て取り消されます。
- 口座の強制凍結(永久凍結): 該当する口座は即座に取引できなくなり、閉鎖されます。悪質なケースでは、二度とそのFX会社および関連会社で口座を開設できなくなることもあります。
- 出金の拒否: 口座に残っている資金(元本を含む)の出金を拒否される場合もあります。
- ボーナスの剥奪: 付与されていたボーナスは全て無効となります。
これらのペナルティは、トレーダーにとって致命的です。「バレなければ大丈夫」という安易な考えは絶対に禁物です。FX会社は、IPアドレスや取引パターンなどを監視する高度なシステムを持っており、不正な取引を検知する能力は年々向上しています。失うものの大きさを考えれば、規約違反のリスクを冒す価値は全くありません。
両建てとナンピンの違いは何ですか?
A. ポジションの方向と目的が全く異なります。
両建てとナンピンは、どちらも当初の目論見が外れた際に使われることがあるため混同されがちですが、その内容は正反対です。
項目 | 両建て | ナンピン(買いの場合) |
---|---|---|
行う操作 | 含み損の買いポジションに対し、反対の「売り」ポジションを追加する。 | 含み損の買いポジションに対し、同じ方向の「買い」ポジションを追加する。 |
目的 | 損益を固定化し、損失拡大を一時的に止める(リスクヘッジ)。 | 平均取得単価を下げることで、少しの反発で利益を出しやすくする。 |
リスク | コスト増、スワップ損失、出口戦略の難しさ。 | 相場が反転しない場合、損失が加速度的に拡大する。 |
ナンピンは、相場が反転することに賭ける、より攻撃的でハイリスクな手法です。予想通りに反発すれば大きな利益に繋がる可能性がありますが、トレンドが継続した場合は、ポジションが膨らむにつれて損失が雪だるま式に増えていきます。
一方、両建ては、これ以上のリスク拡大を止めるための防御的な手法です。損益を固定して、冷静に状況を分析する時間を作ることを目的とします。
どちらも使い方を誤ると危険ですが、特にナンピンは資金管理を徹底しないと一発で退場に追い込まれるリスクがあるため、初心者には推奨されません。
両建てはFX初心者におすすめですか?
A. いいえ、初心者には全くおすすめしません。
結論から言うと、FX初心者は両建てに手を出すべきではありません。まずは、より基本的で重要なスキルを習得することに集中すべきです。
初心者に両建てをおすすめしない理由は、これまで解説してきたデメリットに集約されます。
- コストが2倍かかる: ただでさえ利益を出すのが難しいのに、不利な条件で戦うことになる。
- 決済のタイミングが非常に難しい: 上級者でも判断に迷う出口戦略を、初心者が正しく実行するのはほぼ不可能です。
- リスク管理が複雑になる: 証拠金維持率やスワップコストなど、考慮すべき要素が増え、混乱を招きやすい。
- 損切りを覚える機会を失う: 両建ては、本来すべき「損切り」から目を背ける行為になりがちです。FXで長期的に生き残るためには、損失を潔く受け入れ、次のチャンスに備える「損切り」の技術と精神力を身につけることが不可欠です。
初心者のうちは、まず損切りルールを徹底し、小さな成功と失敗を繰り返しながら、相場観と資金管理能力を養うことが最優先です。両建ては、これらの基本が身についた上で、明確な戦略目的がある場合にのみ検討すべき上級者向けのテクニックと位置づけましょう。
両建てと損切りはどちらが良いですか?
A. 長期的な視点では、圧倒的に「損切り」が良いです。
これは多くの熟練トレーダーが同意する点です。トレードにおける「両建て」と「損切り」の役割と結果を比較すると、その理由は明確になります。
- 損切り:
- 結果: 損失を確定させる。
- メリット: 資金が解放され、次のトレード機会に備えることができる。精神的にリセットできる。大きな損失を防ぐための最も効果的なリスク管理手法。
- デメリット: 損失が確定する。損切り後に相場が反転する「損切り貧乏」になる可能性もある。
- 両建て:
- 結果: 損失を固定(先送り)する。
- メリット: 損失の確定を避けられる。冷静になる時間的・精神的猶予が生まれる。
- デメリット: 問題を先送りにしているだけで、解決にはなっていない。スプレッドやマイナススワップでコストがかかり続ける。出口戦略が難しく、結局より大きな損失に繋がる可能性がある。
損切りは、損失という「病巣」を外科手術で取り除き、健全な状態に戻す行為です。痛みは伴いますが、将来の健康(資産)を守るためには不可欠です。
一方、両建ては、鎮痛剤を打って一時的に痛みを和らげている状態に似ています。根本的な病巣は残ったままであり、放置すれば悪化する可能性すらあります。
もちろん、「つなぎ売り」のような戦略的な両建ては有効な場面もあります。しかし、それは明確な相場観と出口戦略があってこそです。含み損から逃れるためだけの安易な両建ては、百害あって一利なしと言っても過言ではありません。トレードで継続的に利益を上げることを目指すなら、まずは適切な損切りをマスターすることが絶対条件です。
まとめ
本記事では、FXの「両建て」について、その基本的な仕組みから、メリット・デメリット、禁止される理由、そして具体的な活用手法まで、多角的に詳しく解説してきました。
最後に、この記事の重要なポイントをまとめます。
- 両建てとは: 同一通貨ペアの「買い」と「売り」のポジションを同時に保有し、為替変動による損益を一時的に固定する手法です。
- 禁止される両建て: 異なるFX業者間や、同一業者内の複数口座を利用した両建ては、ゼロカットシステムの悪用などに繋がるため、ほぼ全てのFX会社で厳しく禁止されています。 発覚した場合、利益没収や口座凍結などの重いペナルティが科せられます。
- 許可される両建て: 同一口座内での両建ては、多くのFX会社で許可されています。 しかし、推奨されているわけではなく、リスク管理は自己責任となります。
- 両建てのメリット:
- 損失拡大を一時的に防げる(つなぎ売りなど)
- スワップポイント差益を狙える(ただし規約違反リスク大)
- 精神的な安心感が得られ、冷静に戦略を練る時間ができる
- 年末の利益調整(節税)に活用できる可能性がある
- 両建てのデメリット:
- 取引コスト(スプレッド)が二重にかかる
- スプレッド拡大時にロスカットされやすい
- マイナススワップで損失が累積する恐れがある
- 決済のタイミングが非常に難しく、利益を伸ばしにくい
結論として、両建ては「含み損を抱えて損切りしたくない」という安易な理由で使うべき手法ではありません。それは単なる問題の先送りに過ぎず、コストがかさみ、かえって状況を悪化させる可能性が高いからです。
一方で、長期的な相場観に基づいた短期的なリスクヘッジ(つなぎ売り・つなぎ買い)など、明確な戦略と出口戦略を持って活用するならば、上級者にとって有効なツールとなり得ます。
もしあなたがFX初心者であるならば、両建てを検討する前に、まずは「損切り」の重要性を理解し、それを徹底する技術を身につけることを強く推奨します。それが、不安定な為替市場で長期的に生き残るための最も確実な道です。
両建ては、その特性とリスクを完全に理解し、自分の取引スタイルと照らし合わせた上で、慎重に活用を判断すべき高度な戦略であると覚えておきましょう。